第452話 泥団子

 午前中の鍛錬を何とかこなして、今、昼食を食べている。

 〈ハヅ〉の恐怖に歪(ゆが)む顔を、思い浮かべると、食がスルスル進むぞ。

 いつもの倍は、美味しく感じられる。

 最高のご飯のお供だ。


 昼からは、〈アコ〉の後宮に、行くことになっている。

 引っ越しを済ませた、誘拐仲間の子供達を、再度訪問するためだ。


 あの初老の女性に、文句を言われたのが、許嫁達のしゃくにさわったようで、新たに面倒を看る人を投入することになった。

 訓練中の許嫁達のメイドも、子供達の世話を当面して貰うことにしたんだ。

 結婚するまでは、特に仕事がないから、うってつけの考えだ。


 〈アコ〉の後宮に行くと、騒がしいことになっていた。

 子供達が十人以上いて、農長の奥さんと〈マサィレ〉と、あの初老の女性もいるんだ。

 大きいと思った後宮も、満杯状態だ。

 子供達が、新しい家で興奮して、「きゃあ」」きゃあ」と言っているのもある。


 世話をする大人が、六人になったので、子供達のケアは充実出来るだろう。

 あの初老の女性も、今日は大人しくしている。文句は、もう言ってこない。


 ギュウギュウ詰めではなくなったし、世話をする人数も、倍になったんだから当然か。

 昨日のようすからは、信じられないけど、笑いながら子供達と話をしている。

 人間て、本当に分からなくなるな。


 許嫁達も少し馴染(なじ)んだのか、手遊びを教えている。


 僕が前に伝授(でんじゅ)した、「ゲンコツ山のたぬきさん」だ。

 伝授は大げさだけど、子供達には、そこそこ受けているらしい。


 顔の表情はまだまだ固いけど、許嫁達の真似をして、一生懸命に手を動かしている。

 知らないもの同士が、仲良くなるのは、歌に乗せた手遊びが最適なんだろう。

 昔から途切(とぎ)れず、伝わった遊びだけのことはある。


 許嫁達を中心に、「きゃっ「「きゃっ」と歓声が上がり始めたぞ。

 「おっぱい飲んで」と、言う声も聞こえ出した。

 でもそこは、「吸って」じゃなかったかな。


 まあ良いだろう。

 許嫁達のおっぱいを吸うのは、僕だけの権利だ。

 女の子といえども、吸うのは許さない。

 僕は、キッと三人のおっぱいを、睨(にら)みつけた。

 子供が生まれた後は、百歩譲って、シェアすることにしているんだ。


 ただ、そんな中にも、一人ボッチが存在している。

 ただ一人だけの、男の子だ。


 子供といっても、圧倒的な女の集団に入って行けないんだろう。

 良く分かる反応だ。

 僕も、到底(とうてい)輪に加われない。

 今も端っこで、腕を組んで見ているだけだ。


 〈マサィレ〉が、平気で混ざっているのが、とても信じられない。

 アイツは、変態なんだろう。


 男の子は、皆と離れた外で、一人遊をしている。


 後宮を造るために、運んできた粘土を、丸めて遊んでいるようだ。

 場所は、〈アコ〉の後宮の横にある空き地で、〈クルス〉の後宮の予定地だと思う。


 僕も腕を組んでばかりいられないので、男の子の横で、一緒に泥団子を作ることにした。

 水溜りの水と粘土を混ぜて、固く握っていく。


 男の子は、僕の握った泥団子をチラッと見て、「おぉ」と驚いている。

 僕の握力は、かなり強いので、固くしまった泥団子が出来るのだ。

 男の子の泥団子は、直ぐに崩れてしまうけど、僕のはビクともしない。


 長年に渡り、鍛錬に明け暮れた成果だと思う。

 苦しいことや辛いことが、沢山あったけど、この固くしまった泥団子に、ようやく結実したんだ。


 男の子より、僕の手の平は大きいので、泥団子の大きさでも圧倒している。

 推測の域は出ないが、倍以上の大きさだと思う。


 今までを総括すると、男の子の手には、「小さくてヒビだらけの泥団子の元」が、存在している。

 僕の手には、「大きくて固くしまった泥団子の元」が、存在しているってことだ。

 おまけに、二個の存在が認められる。


 男の子は、僕の手の平に存在している、二個の泥団子の元を、礼賛した目で見詰めている。

 その瞳には、並外れた技量に驚愕(きょうがく)している、純な心が灯(とも)っていると推察(すいさつ)された。

 その証拠に男の子の口は、与えられた衝撃のため、大きく開口しているぞ。


 僕は、二個のうちの一個を、男の子へ差し出すことにした。


 このような、尊敬の眼差(まなざし)しを浴びせられたら、それに答えるのが、男ってもんだろう。


 僕は黙って、泥団子の元を、男の子の前に置いた。

 男の子は、恐怖で引きつったような顔で、首を弱弱しく横に振っている。


 正(まさ)に壊れた、郷土玩具の赤べこのようだ。

 ただし、間違ってはいけない。横方向である。


 男の子が恐怖を覚えたのは、これほど完璧な泥団子の元を、継承(けいしょう)するのは、荷(に)が重すぎると感じたためだろう。

 それは誰でも、躊躇(ちゅうちょ)してしまう難事であると、察(さっ)することが可能だ。


 だが男は、挑戦から逃げてはいけない。

 泥団子の元は、待ってはくれない。乾燥して、ひび割れてしまう。

 だから、蹉跌(さてつ)の涙を、泥団子に吸わせてやるんだ。


 泥団子を、磨いて磨き抜いた暁(あかつき)には、真っ赤な太陽が昇っていくんだよ。

 泥団子を磨き上げた瞬間に、それがキセキの宝石へと転じて、男の魂に自信を灯すのだよ。

 ふふふふっ。


 「ふぅー、〈タロ〉様、子供と遊んであげるのは、良いですけど。もう少し何とかなりませんか」


 「はぁー、黙ったままで、不気味に笑うのは止めてあげてよ。〈サトミ〉でも怖いよ」


 「もう、〈タロ〉様は。手が泥だらけですわ。直ぐに洗っていらっしゃい」


 男の浪漫を、理解出来ない輩(やから)が、現れたな。

 何時の日も、浪漫を笑うヤツがいる。笑いたかったら、笑えよ。

 僕は、あらいに行くけどな。


 僕は男の子に、もう一個の泥団子の元を、微笑みながら渡した。

 僕が無表情だったので、警戒していると思い当たったんだ。

 すごい発見だ。一つ利口(りこう)になったよ。


 男の子は、「いいの」と小さな声で、僕に応えてくれた。


 「それはもう、君の物だ。後のことは、君に託すよ」


 「うん」


 僕と男の子の間に、確固とした絆が、生まれた瞬間だと思う。


 僕は、男の子の頭を、優しく撫(な)ぜようとした。


 「〈タロ〉様、触ったらダメ。手が汚い」


 周囲の空気を引き裂くような、苛烈(かれつ)な声が響き渡った。


 撫ぜようした手を、中途半端に引っ込めて、僕は颯爽(さっそう)と手を洗いに行く。

 颯爽と歩き過ぎて、椅子に弁慶の泣き所をぶつけてしまった。


 ケンケンで、手を洗いながら、涙が、ちょちょぎれる。

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