第451話 甘い考え

 このうち、年が十歳程度の姉弟は、〈アコ〉の後宮に行く予定だ。

 同じ様な年格好の子供と、一緒に暮らした方が良いだろう、という判断らしい。


 「《伯爵》様は、私の救世主です。私をお救いに、きてくださったのですね」


 〈ドリー〉が、ふざけたことを言ってやがる。


 「僕は、お前の救世主じゃない。〈ソラィウ〉と、よろしくやっているんじゃないのか」


 「あの人は、私の伴侶(はんりょ)です。《伯爵》様は、二人合わせて、お救いになるのです」


 僕は宗教じゃない。絶対に救ったりしないぞ。


 〈ドリー〉によると、《ラング》に着いた早々、当てにしてた集合住宅が埋まっていたので、いきなり困ってしまったらしい。

 それで、執事の〈コラィウ〉に泣きついたところ、都合良く重臣の住宅が完成したので、引っ越しを速めて何とかなったようだ。


 三軒のうち二軒は、母親という、大人の女性がいるので任したが。

 子供しかいない家は、〈ソラィウ〉と〈ドリー〉が面倒を看ていたのだが、上手くいかなったらしい。

 心に傷を抱えた子供達の世話は、子供を育てたことがない、二人には難しかったのだろう。

 それに、〈サーレサ〉さんこと、あの初老の女性が、何に対してもダメ出しをするので、精神的に辛かったみたいだ。


 これはいけないと思った、執事の〈コラィウ〉が、農長の奥さんに面倒を看て貰うよう頼んで、ようやく安定したようだ。

 農長の奥さんは、子育ての経験もあるし、あの初老の女性を押さえることも出来る。


 第一に、頼りがいのある人だからな。

 農長は、カピバラおっさんより、奥さんにしたいぐらいだ。


 〈マサィレ〉は、子供達を心配して様子を見に来たのを、農長の奥さんに引き込まれたらしい。

 おぉ、良い人材を登用出来る目も持っているのか。

 ますます、カピバラの代わりにしたいな。

 カピバラは、ちょっとした色仕掛けで狂ってしまうほど、低俗な目しか持っていない。


 まあ、そう言うことで、不要になった二人は、一応姉弟二組の担当だ。


 ただ、一組の姉弟は姉がしっかり者で、面倒を看る必要はない。

 姉弟二人だけで、暮らしてきたんだ。そこら辺の大人より、ずっと苦労をしてきたんだろう。

 その場その場で、難しい判断もする必要もあったと思う。


 それで、〈ソラィウ〉と〈ドリー〉は、残った一組の姉弟の担当なんだが、この子らは〈アコ〉の後宮に合流することになっている。

 ハッキリ言って、〈ソラィウ〉と〈ドリー〉は、用無しだ。


 「〈ドリー〉、もう王都へ帰るか」


 「あぁ、ありがとうございます。やっぱり、《伯爵》様は救世主様です。〈ソラィウ〉さんと、一緒に帰らせて頂きます」


 〈ドリー〉は、涙ぐんで手を合わせている。僕は宗教じゃない。

 あの初老の女性に、よっぽど酷くやられたのだろう。分かる気がする。


 〈ソラィウ〉も、「〈ドリー〉さんが言われたとおり。ご領主様は救い主様です」と手を合わせて拝んできた。

 僕は、もう我慢出来ずに、「宗教じゃない」と叫んでいたよ。




 次の日から、また辛い鍛錬が始まることになる。


 ただし、今回も何とか午前中だけになるよう、話をつけることが出来た。

 それに合わせて、粘り強い交渉の甲斐もあって、この夏休みの間に五日の鍛錬しない日をゲットしたぞ。

 バンザイー。


 「ハパ」先生が、「ご領主様は、今後、領地経営に比重を移すべきです」と言ってくれたお陰だ。 

 ありがとうございます、「ハパ」先生。僕は、あなたに一生ついていきます。


 〈リク〉と〈サヤ〉が、不満そうだった意味が分からない。

 バカなのか。

 そんなに鍛錬がしたいのなら、二人ですれば良いだけだ。


 まあ、ずっとヘラヘラしている〈ハヅ〉より、ちょぴっとだけ、マシかも知れない。


 ゆくゆくはコイツに、兵長を継がせたいのだが、無理そうな気がしてくる。

 イケメンで、卒(そつ)がなくて、武芸も申し分がないのだが。

 何と言うか、ピリッとしない。

 人間としての、厚みや凄味(すごみ)を、何も持っていない感じだ。


 僕が偉そうに言うのもアレだけど、甘さがあると思う。

 兵士の鍛錬を指導していても、かなり舐められている感じだ。

 おまけにそれを、何とも思っていないらしい。ヘラヘラ笑ってやがる。


 「ハパ」先生が、僕に休みの日をくれたのも、〈ハヅ〉を徹底的に鍛えるためだ。

 そして、〈ハヅ〉の変りようを、僕に見せたいらしい。

 「ハパ」先生は、将来の兵長に相応しいかを、僕に判断させる気のようだ。


 うーん、〈ハヅ〉の人生の一大事だと思う。

 僕は領主だけど、「ハパ」先生に決めて欲しいな。

 人の人生を決めるのは、僕にはまだ無理があるよ。

 そんな責任が、あることはしたくない。気楽な生活が、したいんだよ。


 「ハパ」先生が、僕に耳打ちをしてきた。


 「甘い考えをしていますので、何回か地獄を経験して貰います」


 穏やかに笑っている先生が、途轍(とてつ)もなく怖い。

 鍛錬を準備運動程度に思っている、「ハパ」先生が、地獄と言い切ったぞ。


 たぶん、誰も体験したことがない。

 この世にあってはいけない、生死を彷徨(さまよ)う生き地獄なんだろう。

 それを複数回だ。


 地獄の対象が、僕じゃなくて、本当に良かった。

 でも、本当は僕も対象って、オチじゃないよな。


 少し疑問に思っただけで、恐怖があまりにも強くて、少しチビッてしまった。

 股間が、ジットリと濡れているぞ。今日、お風呂の中で洗おう。

 それまでパンツが、湿っているのは、じっと我慢だ。


 お風呂に、入るまでには乾くだろう。

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