第449話 不幸な星の下

 許嫁達が、誘拐仲間を元気づけたいと言い出した。

 僕も、〈マサィレ〉の様子が気になるので、付いていくことにする。


 最初は、農長の元の家を訪問した。ここには、天涯孤独の子供達が住んでいる。

 母親がいる子は、兵長と執事の元の家だ。


 「《ラング伯爵》様、お久しぶりです」


 「おぉ、〈マサィレ〉か。顔に生気が戻ったな。元気で何よりだ」


 「お陰様で、元気に過ごさせて貰っています」


 「子供達の面倒を、みてくれているらしいな。ありがとう。もう少し給金を弾むよ」


 「ははぁ、私の方が、救われているんですよ。子供達の屈託(くったく)のない笑顔を見ていると、心の底から、活力が湧(わ)いてくるんです」


 「ほぉ、そうなのか。でも、有難いことは確かだよ」


 「俺なんか、何もしてないですよ。子供達と、ただ遊んでいるだけです。助けられた、《ラング伯爵》様がすごいのです。ただね。不幸な星の下に生まれた子供達ですが、これからも不幸のままで良いはずがありません」


 「僕も、そう思うよ。《ラング領》で、幸せになってくれたら良いな」


 「きっとなりますよ。いや。なって貰います」


 許嫁達は、子供服や玩具を、誘拐仲間の子供達へ、渡すために持ってきている。

 〈クルス〉と〈サトミ〉のは、幼い頃に使っていたものらしい。


 だが〈アコ〉は、《ハバ》の町から逃げる時に置いてきたので、新たに中古の衣料を買ったようだ。


 世話を頼んでいる農長の奥さんに、それらを渡して、何やら話しをしている。

 子供達は、良く知らない僕達が来たので、警戒心しているようだ。

 遠巻きにじっと、服と玩具をじっと見ているだけだ。


 自分のものになる期待が、一方にはあり。

 そんな良いことが今まであった試しがない、と言う気持ちが、もう片方にあると思う。

 期待と絶望が、小さな心に、つむじ風を起こしているんだろう。


 狂おしいような、諦めたような、悲しい目をしている。


 「はっ、偉そうに、何様だよ。ご領主様で、ご貴族様か。へっ、あんたね」


 初老の女性が、じろりと僕を睨みつけながら、絡(から)んできた。


 「〈サーレサ〉さん、《伯爵》様に、何てことを言うんだ。直ぐに謝った方が良いよ」


 〈マサィレ〉が、慌てて初老の女性の言葉を遮(さえぎ)った。

 〈マサィレ〉が、止めなかったら、もっとすごいことを言っていたと思う。


 どこで僕は、この女性を怒らすようなことをしたんだろう。

 全く覚えがないな。


 ただ、この初老の女性を、どこかで見たことがあるな。

 ボサボサの髪で、目が据(す)わった、危ない雰囲気を纏(まと)っている。

 一度見れば、忘れそうにない人だと思う。うーん、結構前だぞ。


 おぉー、そうだ。思い出した。衝撃のスカートめくりだ。

 気の強そうな女の子が、スカートをめくられるのを見た時だ。


 素朴な白い下着と、まだ細い太ももが、脳裏に懐かしく浮かぶぞ。


 はっ、今はそういう場合じゃない。そのシーンは、夜に取っておこう。

 今は、この女性のことだ。


 あの時は、「この婆さん危ねぇ」と思って、離れたベンチに座ったんだ。

 あの時は、お婆さんと思ったけど、今はもう少し若く見える。


 「〈サーレサ〉さん、何てことを言うの。ご領主様は、この子達を誘拐犯から救って、生活の面倒まで、みられているんだよ。あなたも、給金を貰っているでしょう。それに偉そうになんか、されてないわ」


 農長の奥さんが、僕の代わりに、初老の女性へ怒ってくれている。


 農長より倍は体格が良い、ふくよかな身体をされた頼れる女性だ。

 その声は普通に話していても、耳元で言われていると、錯覚するような大きさ誇っている。


 「ふん、ギュウギュウ詰めにされた、この子達が、哀れと思わないのか。それに、この子達は、ほったらかしだよ。誰もこの子達の話を、聞いてあげてないじゃないか」


 この人も、初老の女性とは思えない、デカい声だ。しわがれているのに、迫力がある。

 どうしてかは分からないけど、本気で怒っているらしい。


 「〈サーレサ〉さん、それは違うと思う。言われるように、少し不十分な点はあるけど、ご領主様は、改善しようとされているのですよ」


 農長の奥さんは、理知的で冷静だ、本当に頼りになるな。

 その大きな胸に、飛び込んで行きたくなるぞ。

 許嫁達と違って、エロさがない、純粋な安らぎが得られそうだ。

 でも待てよ。エロも付いてくる方が、倍お得なのか。


 「へっ、言いたいことは、子供を引き取るなら、ちゃんとしろってことだよ。いい加減な気持ちで、するなってことだ」


 「〈サーレサ〉さん、あなたは、王都の貧民街を分かっていないんだ。この子達は、《伯爵》様が移住させなかったら、今も外で暮らしていたんだよ。屋根の下では、寝られないんだ」


 〈マサィレ〉が、悲しい顔で、初老の女性へ小声で話した。

 子供達には、聞かせたくない内容だ。


 「はっ、そんなはずが、あるもんか。そんなことをしていたら、死んでしまうよ」


 「兵隊をしてた時、道端から、子供の死体を片づけるのも仕事だったよ。冬が越せないんだ」


 《ベン》島でもそうなのか。

 この世界には、セーフティーネットが全くないからな。


 《ラング領》では、そんな子供はいないし、これからも出さないぞ。

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