第447話 仮初

 僕はワインを口に含んで、〈アコ〉の唇に唇を重ねる。


 〈アコ〉は、唇を少し開いて、僕の中のワインを「ジュル」と吸い取った。

 何とも言えない、淫靡(いんび)な音が、何もない空間に響いて消えない。

 僕と〈アコ〉は、何度も口移しを重ねて、音を響かせ続けた。

 ワインの瓶は、半分近くなくなっていたと思う。


 「少し酔ってきたな」


 僕は、さっきから〈アコ〉の色気に、グテングテンだ。


 「私もほろ酔いですわ。ワインはこのぐらいで、止めましょう。次のお部屋に移りますわ」


 「その前に、おしっこがしたいんだ」


 「ふふ、ワインを飲み過ぎたのかしら」


 「いや、そんなに飲んでないだろう」


 「まあ、良いことですわ。お便所を汚すのも、〈タロ〉様が最初になりますから」


 「えぇー、汚すって。零(こぼ)したりしないよ」


 「汚しても良いのですよ」


 なぜこんなに、おしっこへの信頼がないのだろう。

 零したところを見てたのか。何回も、零してはいるけど。


 トイレの便器は、新品なのでピカピカだ。

 真っ白な陶器(とうき)に、僕の少し黄色の液体が、ちょろちょろと流れていく。

 〈アコ〉は、これを「汚す」と表現したのだろうか。

 綺麗とは言わないが、ちょっと言い過ぎだと思う。


 「〈タロ〉様、私も使いますわ」


 なんだよ。自分は「使います」か、「汚します」って言わないのか。

 耳を澄ますと、トイレの扉の向こうから、小さく「シャー」って音が聞こえてきた。

 結構な勢いだな。体調は良いらしい。


 「あっ、〈タロ〉様。こんなに扉の近くにいたのですか。まさか、音は聞いてませんよね」


 〈アコ〉が、不審者を見るような、目で僕を見てくる。

 あんたが見ているのは、犯罪者じゃなくて、婚約者だと言いたい。


 「うん。何も聞こえてないよ」


 少し疑うような目を、まだしているぞ。

 勘が鋭いのか、僕の嘘を見抜けるようになってきたのか。

 後者なら、恐怖でしかないぞ。ブルブル。


 〈アコ〉は、ワインの瓶を鞄に仕舞うと、鞄を持って次の部屋に入って行った。


 「〈タロ〉様、ここはお客様の寝室ですわ。招いたお客様をジロジロ見ては、いけないのですよ」


 来客用の寝室もあるのか、と思って〈アコ〉を見ると、とんでもない行動にでていた。

 来ている服を脱ぎ出したんだ。綺麗に畳んで、鞄に入れている。


 「〈タロ〉様、言いましたよね。お客様の着替えを見るなんて、礼儀がなっていませんわ」


 「えぇー、〈アコ〉は、お客様じゃないよ。僕の新妻だよ」


 「ふふふ、〈タロ〉様、酔ってしまったのですね。まだ私は、新妻じゃありませんわ。でも、今だけ、そう思っても良いですよ。仮初(かりそめ)ですね」


 〈アコ〉は、赤い薔薇のショーツ一枚だけになっている。

 そのショーツは、一言で言えば、絢爛華麗(けんらんかれい)だ。

 薔薇の花の刺繍が縫い込まれ、花びらのようにレースが周りを縁取っている。


 それに生地が薄くて、刺繍がないところは、かなり透けている感じだ。

 止めは真ん中に、銀色の小さなリボンが、ちょこんとついていて、場所を示しているように見えてしまう。


 上半身は、もろに裸体だ。

 おっぱいは、〈アコ〉が少し動くたびに、ふるふると揺れている。

 大きくて、ふかふかなせいだろう。


 先っちょは、固い蕾のように尖(とが)っている。まだ、花開く前のはずだ。

 ハァハァ、僕は堪らず、〈アコ〉を抱きしめた。


 「〈タロ〉様の新妻は、今、着替え中ですわ。待っててください。お願いします」


 「えぇー」


 「えっ、じゃありませんわ。新妻の、こんな簡単なお願いが、聞いて貰えないのですか」


 「うー、分かったよ」


 〈アコ〉は、僕の方を向きながら、ゆっくり着替えをしている。

 〈アコ〉は、僕に見せつけているのか。なんて、素敵な新妻なんだろう。

 これじゃ、身体が持ちそうにないぞ。


 着替えたのは、鞄に入っていた、赤くて薄いネグリジェだ。

 丈が短いから、ベビードルと言われるものかも知れない。

 僕には、判断がつかないし、どうでも良い。


 透けた〈アコ〉のおっぱいと、薔薇のショーツの方が、百倍大切だ。

 透けて見える方が、生よりエッチだよ。

 どうしても、目が離せないぞ。


 「うっ、〈タロ〉様の、お目目が怖いですわ。少しやり過ぎだったようですけど。襲ったらダメですよ。我慢出来ますよね」


 「努力してみます」


 「努力は、大切なことですわ。〈タロ〉様なら出来ます。それじゃ、ゆっくりと近づいてください。寝間着に、着替えさせてあげますわ」


 〈アコ〉は、僕に赤いパジャマを着せてくれた。

 良く赤い色の、パジャマが売っていたな。落ち着かなくて、安眠出来ない気がする。

 こんな派手な色を買う人がいるんだ。目の前にいたか。


 「へぇ、赤色だ。〈アコ〉、ありがとう」


 「ふふふ、赤色が好きと言われたので、この前買っておいたんです。今、はいている私の下着と、お揃(そろ)いの色にしたんですよ」


 「赤は、情熱の色だな」


 僕は〈アコ〉を抱きしめて、キスをしようとした。


 「いけません、〈タロ〉様。ここは、お客様のお部屋ですわ。私達の寝室へ、連れて行ってください」


 僕はお姫様抱っこで、〈アコ〉を抱えて、寝室の場所に入った。

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