第446話 腕に座らせて

 「すみません。作って頂いた、夜食を有難く頂戴(ちょうだい)いたします」


 「大変良い、お返事です。基本的にお台所は、エッチなことをする場所ではありませんわ。基本を破るには、高い壁が存在しているのです。結婚してから、再度挑戦してみてください」


 今はここで、イチャイチャしないとの宣言だな。

 だけど、どんな挑戦をしたら、壁は破れるのだろう。

 思ったより低いことを祈ろう。簡単なプレゼントくらいで、破れたら良いな。


 「〈タロ〉様、こちらの居間で、夜食を頂きましょう」


 僕と〈アコ〉は、リビングへ入った。でも、今は、そこはタダの空間だ。

 落ち着けつるソファーも、ムードがある照明も、お洒落な雑貨も、何もない。


 僕と〈アコ〉は、立ったまま食べることになる。


 「〈タロ〉様、私を腕に座らせて欲しいです」


 〈アコ〉が、顎(あご)に指を当て、首を傾(かし)げて、お願いのポーズをしている。

 この仕草の意味は分かんないけど、可愛いからドキドキしてしまう。


 たぶん、腕に座らせるって、お姫様抱っこだよな。


 僕は、〈アコ〉をお姫様抱っこに抱えた。

 〈アコ〉は、持ち上げる時に「きゃっ」と言ったけど、満面の笑みだ。

 〈アコ〉のお尻は、僕の腕に乗っているから、座っていると言えなくもない。

 これが、正解だったのだろう。


 「これで良いかい」


 「はい。これで良いですわ。〈タロ〉様の腕に座るのは、どんな椅子より座り心地が素敵です。ずっとこうして、居たいですわ」


 「ずっとは無理だよ」


 「あら、私は軽いから、問題ないですよね」


 いゃー、結構重たいよ。

 〈アコ〉は、ふっくらとした体形だし、おっぱいも相当な重さだ。

 おまけに、お尻もかなり大きい。僕の腕から、ムニュとはみ出している。


 この体勢は、腕にも腰にもくる感じで、長くは持たないぞ。


 「うん、何も問題ないよ。〈アコ〉は、すごく軽いんだ」


 重いだなんて、口が裂(さ)けても言えないよ。

 僕はバカじゃない。もう小バカなんだから。


 「ふふふ、正しく言えましたね。ご褒美を差し上げましょう。お口を「あーん」としてください」


 僕は「あーん」と、大きく口を、あほのように開けました。

 〈アコ〉は僕の口に、カナッペを突っ込んでくれます。


 「ふふふ、美味しいですか」


 「うん、すごく美味しいよ」


 クラッカーに、ハムとチーズとトマトを乗せただけだ。

 取り立てて、美味しいはずがない。極普通の味だ。


 でも、〈アコ〉が食べさせてくれると、蜂蜜より甘い。

 蜂蜜より粘性が低い、トロリとした液が流れそうだよ。


 「ふふふ、そうですか。とても嬉しくって、にやけてしまいますわ」


 「〈アコ〉は、食べないの」


 「私も、少し頂きますわ。〈タロ〉様、今度は口に、挟んだままでいてくださいね」


 〈アコ〉は、僕が咥(くわ)えているカナッペを、口を近づけて食べに来た。

 僕の口から奪い取るように、精力的な食べ方をしてくる。


 クラッカーのカスを、「シュッ」と音をたてて、僕の唇から吸い取った。

 トマトは、「ジュル」と音をたてて、僕の口から吸い出した。


 〈アコ〉には、相応(ふさわ)しくない、下品な食べ方だと思う。

 少し背徳的で、とてもエロティックだよ。


 僕の口から、カナッペを奪い取ると同時に、理性も奪い取られそうだ。


 今なら僕のあそこで、〈アコ〉が支えられるぞ。

 ごめんなさい。そんな力はありません。例え妄想でも、盛り過ぎました。


 「〈アコ〉、美味しかったかい」


 「えぇ、最高に美味しかったですわ。〈タロ〉様も、もっと食べたいですか」


 「うん、うん。食べたいです」


 「ふふ、そんなに、がっつかないで、くださいね。勢いあまって、私を食べるのはダメですよ」


 僕は〈アコ〉が咥えている、カナッペをガツガツと食べた。

 〈アコ〉の唇も、一緒に貪(むさぼ)ってしまう。


 ハムとチーズとトマトだけなのに、すごく甘く感じる。甘いのは、〈アコ〉の唾液なのか。

 このレシピは、いやらし過ぎるんじゃないのか。

 堪らんな。


 「んんう、〈タロ〉様、そんなに、私の唇を食べちゃ困りますわ」


 「でも、甘いんだよ」


 「〈タロ〉様のも、甘かったですけど。結婚するまでは、抑えてください」


 〈アコ〉は、無理なことを言うよ。

 どれだけ、お預(あず)けをされるんだろう。

 血が凝縮して、倒れてしまいそうだよ。


 「もう、抑えが効かないよ」


 「まあ、もうですか。まだ、先があるのですよ。今から、それではいけませんわ。一旦、私を降ろしてください。ワインを飲みましょう」


 〈アコ〉は、鞄からワインの瓶(びん)を取り出して、僕に栓(せん)を抜くように頼んできた。

 僕はコルクの栓を、悪戦しながらも、何とか抜くことが出来た。


 「ふふ、〈タロ〉様、上手く抜いてくれましたわ。コップはないので、そのまま飲んでください」


 僕のは〈アコ〉が抜いてくれよ、と言う言葉を飲み込んで、ワインの瓶をラッパ飲みにした。

 

 喉(のど)を潤(うるお)すことを優先してか、かなり薄目のワインだ。

 熱く火照(ほて)った身体に、少し苦いワインが、沁み込んで行く。


 「〈タロ〉様、自分だけですか。私には、飲ませてくれないのですか」


 〈アコ〉に瓶を渡そうとして、ハッと気づいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る