第7章 最後の夏休み

第438話 子供好き

 「若領主、知っているか。〈マサィレ〉が《ラング》で、立ち直っているらしいぜぇ。復活した祝いに、〈美しい肴〉でいっぺいやるのは、どうでぇ」


 「おっ、そうなのか、それは良いな。〈マサィレ〉の様子は、どうなんだ」


 「あいつは、子供が好きなんだな。若領主が、かどわかしから助けた、小っちゃい子の面倒を、一途(いちず)に見ているらしいぜぇ」


 ほぉ、〈マサィレ〉は、そんなに子供好きだったのか。


 「船長さんに、嬉しい話を聞かせて貰いました。私も、〈マサィレ〉さんと一緒に、また飲みたいですよ」


 「おぉ、〈リク〉さんよ。あんた、話が分かるようになったな。ヒィヒィ、むけたもんで、赤ん坊を仕込(しこ)んだら、もう一皮むけたな」


 朝から下品の塊だ。むけそうなのは、船長のオムツじゃないのか。

 あっ、船長のオツムか。まあ、詰まっているのは、脳クソだから合っているか。


 〈リク〉は子供が生まれて、ホッとしたんだろう、今回の帰省に着いてくることになった。

 二回続けて、護衛の任務を疎(おろそ)かには、出来ないという判断だ。


 でも、夏休みの半分くらいで、先に帰る予定になっている。

 子供が心配で、一緒にいたくて堪らないんだろう。

 帰省に同行することで、ちゃんと護衛をしていますと、《ラング領》の臣下達に印象付けるのが目的なんだと思う。


 船長が言うように、一皮むけたのは本当かも知れない。

 真面目一辺倒(まじめいっぺんとう)では、なくなったようだ。

 少しだけ、狡さも出てきたらしい。

 男はこうやって、おっさんになるのか。なりたくないや。


 「〈タロ〉様、今回は私もご一緒しますね。ふっふ、鍛錬が楽しみです」


 何にも、全く楽しみじゃないぞ。〈サヤ〉の含み笑いが、ただ怖いだけだ。


 〈アコ〉と〈クルス〉は、恐怖に慄(おのの)いているらしい。

 黙り込んだまま、一言も話さない。

 僕の背中に隠れて、〈サヤ〉の目から逃れようとしている。

 だけど、相手は〈藍色の女豹〉だ。その眼光から、逃れるすべはないと知れ。

 恐ろしい航海の銅鑼が、鳴り響いているぞ。はははっ。


 〈サトミ〉の態度は、また違っている。

 姉の〈サヤ〉に対して、複雑な心情を持っているようだ。

 姉が〈藍色の女豹〉だと、窺(うかが)い知れない葛藤(かっとう)が、妹にはあるのだろう。

 納得(なっとく)出来る話だ。普通の女じゃないからな。


 「〈リィクラ〉卿、おめでとうございます。元気な息子さんだと聞いております」


 「えぇ、とても元気なのですよ。ハハッハ。〈サヤーテ〉先生、ありがとうございます」


 嬉しそうに笑いやがって、バカ親がむき出しになってやがる。


 「お名前は、どう付けられたのですか」


 「〈リィクタロ〉と名付けました。嫌って言われましたけど、ご領主様の名前を入れたのですよ。良い名前でしょう。ハハッハ」


 僕の名前を使うのは、止めてくれて言ったのに。

 夫婦とも、僕の言うことを全く聞かない。

 亡くなった父親からとれば良いのに。

 その方が、真面目な子供に育つと思う。

 痴漢をするような子になっても、一切僕は関知(かんち)しないからな。


 どうでも良いことに気づいたけど、〈サヤ〉の呼びかけが、〈リィクラ〉さんから、〈リィクラ〉卿に変ったんだな。

 〈リク〉に子供が出来て、騎士爵が継承されることになるからだろうか。

 

 今回も〈リーツア〉さんは、子供の世話もあるので王都に残った。

 〈アコ〉の母親も、王都ですることがあるらしい。

 それに〈カリナ〉の子供を、頻繁に見に来ているようだ。

 孫が出来たら、五月蠅くて大変そうだな。


 「〈アコーセン〉さん、〈クルース〉さん、早速、護身術の練習を始めましょう。誘拐されそうになったのですから、必要性は身に染みて分かったはずです」


 そう言う考え方はあると思うけど、下手に抵抗すると、藪蛇になるケースもあるからな。

 でも、間違っても言わないでおこう。すごい勢いで反論されそうだ。


 〈アコ〉と〈クルス〉は、僕の後ろで身を竦(すく)めているけど、僕にはどうすることも出来ない。

 こんな情けない婚約者を許して欲しい。〈藍色の女豹〉に、かなうわけがないだろう。

 それに悪いことでも、ないのだから、諦めて欲しい。


 「ご領主様も鍛錬を始めましょう。少し身体がなまっていますので、取り返すのが大変ですよ」


 あぁ、どうしてなんだ。大変と言いながら、キラキラした目で見るなよ。

 子供が生まれて、より張り切っているらしい。バカな真似は、止めてくれ。

 こんな悪いことを、領主に強要するなんて、諦めがつかないよ。

 すごい握力で、掴んでいる僕の手を離してください。


 僕が〈リク〉に連れ去られたら、〈アコ〉と〈クルス〉は丸見えだ。

 逃げようにも、蛇に睨まれた蛙のように、身体が動かなかったのだろう。

 〈サヤ〉に、後ろから抱えられて、〈アコ〉は悪戦苦闘しているようだ。


 「〈サトミ〉も、こっちへいらっしゃい。〈クルース〉さんを拘束してあげて」


 「うぅ、お姉ちゃん。〈サトミ〉を本気でぶったり、蹴ったりしないでよ」


 「何を言っているの。お姉ちゃんは、本気なんか出していないわよ。いつも手加減していたでしょう」


 〈サトミ〉も、暗い顔になって、トボトボと護身術の練習に加わるようだ。

 相手は〈藍色の女豹〉だ。少しくらいの手加減では、命の危険があるのだろう。

 〈サトミ〉は想像通り、暗い過去を背負っているんだな。


 三人とも、どうか無事でいてください。僕も頑張って生き残るよ。 

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