第437話 宿題

 「〈タロ〉様、赤ちゃんは、あんなにも可愛いのですね。早く抱いてみたいですわ」


 「〈サトミ〉も、抱かして貰うんだ。〈カリナ〉さんも、良いって言ってくれたよ」


 「お産を初めて、手伝わせて頂きました。得難い経験だったと思います。この経験を必ず役立てて見せます」


 許嫁達は、疲れているのに、気力が充実しているらしい。

 ただ疲れている僕と違って、放出しているオーラが違っている。

 僕はそのオーラに押されて、〈ガリ〉が掘った穴へ、落ちそうになったよ。

 これは、イチャイチャするどころじゃないな。早く寝よう。

 


 お産が、お産を呼ぶのか。

 駆け落ち若妻も、数日後に産気づいた。


 〈リク〉が、学舎の寮まで呼びにきたけど、もう薄暗い時間だ。

 〈アコ〉と〈クルス〉が、出産に立ち会いたいと、頼んでいたらしい。

 僕は二人を、寮から呼び出すための役目を、させられるようだ。


 門番に、とても迷惑そうな目をされて、頭を下げて呼出して貰った。

 あぁ、どうしてペコペコしなくはいけないんだ。


 〈アコ〉と〈クルス〉は、「急ぎますよ」と言って、待たしてある辻馬車に乗り込んだ。


 「〈タロ〉様も早く乗ってください。急いで」


 「えぇー、僕はもう良いよ」


 「何を言っているのですか。ごちゃごちゃ言わずに、乗ったら良いのですわ」


 何なんだ。二人とも興奮しているのか。言葉が荒いぞ。


 「はい。分かりました」


 あぁ、どうして、またペコペコしなくはいけないんだ。


 駆け落ち若夫は、〈リク〉より大部ましだった。

 心配なんだろう、表情は硬いけど、普通に話しているし、動いてもいる。

 率先して、お湯を沸かしているし、時々窓から様子も聞いている。


 かなり若いのに、かなり落ち着いているぞ。


 〈リク〉が、出産時の心得を教えているのが、喜劇にしか見えない。

 コイツに教えられるのは、妻の名前を大声で叫ぶことだけだろう。


 駆け落ち若妻も、叫んだりしていない。我慢が出来ているようだ。

 かなり若いのに、かなり辛抱強いぞ。


 当然、出産には個人差があると思う。

 ただ、ここまで差が出ると、思わざるを得ない。


 〈カリナ〉は痛みに弱くって、〈リク〉は家族に弱いんだろう。

 〈リク〉と〈カリナ〉は、ある意味、自分の弱点をさらけ出している。

 二人とも恥を晒した感じだ。だから、強いとも言える。もう隠す必要はないんだ。


 それに、出産時の体たらくが共通しているので、喧嘩(けんか)になり難いんじゃないかな。

 片方を責めたり、笑ったり出来ない。

 欠点が愛(いと)おしく思える、仲良し夫婦になれば良いな。

 一生、産んだ時のエピソードで、からかってあげたいな。


 駆け落ち夫婦の子供も、真夜中に生まれた。


 出産に、潮の満ち引きが、関係しているのかも知れない。

 人間も大自然の一員だと、大いなる地球を感じる瞬間だな。

 赤ちゃんが、二人とも健やかに育つことを、母なる海に祈っておこう。


 赤ちゃんは、母が創造した小さな海から、今、追い出されたとも言える。

 自分から出たいとは、思ってはいないはずだ。

 だから、泣くんだろう。何かに、包(つつ)まれたいと。


 でも、小さな海は破れて、中に詰まっていた安息は、もう失われてしまった。

 たぶん、母なる海へ戻って行ったのだろう。


 再び、包まれることを夢見て、人は求め続けるのだろう。

 ただ、求めているものを、決して取り戻すことは出来ない。失われてしまっているのだから。


 でも、作り出すことは可能だ。親になることは出来る。


 人は、この無限のループを繰り返して、進んで行くのだろう。

 求めても、ちっぽけな未来へしか、辿(たど)り着けないとしてもだ。

 時間を遡(さかのぼ)る能力は、人には備(そな)わってはいない。

 戻ることが出来ないのなら、少しでも先へ、進むしかないんだ。


 許嫁達三人に、小さな海を造らせてあげよう。

 僕が、孕(はら)ませてあげるんだ。僕の種付けを、喜んでくれるはずだ。

 たぶん、喜ぶよな。不満は、言わないでください。苦情窓口は、設定しません。




 〈クルス〉の学期末試験は、無事終わったようだ。

 今期も好成績のようで、僕も鼻高々だ。

 僕と〈アコ〉は、試験もなく、かなり緩(ゆる)んだ学期末を迎えている。

 《黒鷲》と《白鶴》は、これで良いのか。お貴族様は、甘やかされていると思う。

 この王国の未来が、心配になってくるな。


 〈サトミ〉の学舎は、試験の代わりに、夏休みの宿題があるようだ。

 どうも、農作物が成長する観察記録をつける課題らしい。

 アサガオの観察に、近いものかも知れないな。

 邪魔くさいことだけは、明確に分かる。


 ただ、〈サトミ〉はやる気満々だ。興味は、人それぞれなんだな。


 僕の課題もある。学舎の課題じゃなくて、政治的な宿題だ。


 〈サシィトルハ〉王子が、婚約をすることになった。

 お相手は、〈アコ〉の友人の〈ロローナテ〉嬢だ。


 有力貴族で派閥の中心の〈レクル〉公爵との繋がりを、万全なものにするんだろう。

 ただ、頭から、そう決めつけるのも失礼か。

 王子が、〈ロローナテ〉嬢の美しさを見初(みそ)めた可能性もある。

 きりっとした知的な美人さんだからな。


 問題は、出席するかだ。普通なら、即断で出席する相手だ。


 ただそうすれば、〈サシィトルハ〉王子派に完全になってしまう。

 後継者争いなんてドロドロしたものに、巻き込まれたくはない。


 でも、〈アコ〉の友人の晴れ舞台だ。〈ロローナテ〉嬢は、来て欲しいだろう。

 それに、〈サトミ〉を舞踏会へ、連れて行ってやりたい気もある。

 〈サトミ〉だけ舞踏会で踊っていないのは、可哀そうだと思う。


 届けられた招待状を、夏休み中、睨(にら)むことになりそうだ。

 この宿題は、読書感想文の倍は難しい。

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