第433話 ギクシャク

 遅い昼食の後、やっとの思いで〈南国果物店〉へ辿(たどり)りついた。


 僕は片手を負傷しているから、大量の紙袋を持っていると、バランスが上手くとれない状態だ。

 だから普通に歩くだけで、ギクシャクしてしまって、かなり疲れてしまうんだ。


 それを、「〈タロ〉様が怪我をしているので、二店しか入りませんでした」とのたまってくれたよ。

 自分達も、両手に一杯紙袋を持ちながら、ほざくな。

 まあ、溜まったストレスを発散してくれたなら、お安いもんだと思おう。

 僕もストレス発散のため、もんだろう。


 〈南国果物店〉の中で、〈アィラン〉君が、〈リーツア〉さんにしごかれているのが見えた。

 〈リーツア〉さんは、顔へ出してはいないが、少しイライラしているみたいだ。


 〈アィラン〉君は、泣きそうな顔をしている。

 特にお釣りの計算がダメなようで、両手の指を総動員して奮闘中だ。頑張れ。

 慣れれば、指で掛け算も出来るらしいぞ。引き算で詰まっているようでは、夢のまた夢か。


 でも僕も、〈アィラン〉君のことを笑えない。

 買い物に時間がかかり過ぎため、屋根裏部屋へ行く時間がなくなって、泣きそうになっている。

 断腸の思いで、イチャイチャを諦めるしかない。

 僕のストレスと何かは、溜まる一方だ。溢れてしまうよ。


 僕は心の中で号泣しているけど、許嫁達はそうでもないらしい。

 〈カリナ〉の家と駆け落ち若妻の家を、見学に行くようだ。

 結婚した時の、参考にするんだと、嬉しそうに話をしている。


 目の前のイチャイチャを疎(おろそ)かにして、遠い新婚生活を重視するのか。

 君達は、足元を見詰める必要があると思わないのか。


 僕の心の叫びを知らず、許嫁達の顔は輝いている。どうして。

 テーブルクロスが、どうのこうのと言う話題だが、どうでも良いとしか思えない。

 洗濯さえしてあったら、機能は十分果たしている。

 柄なんか、食器を置いたら、殆ど見えやしないぞ。



 僕が、溜息をついて職務をしていたら、店の方が騒がしくなってきた。

 なんだろう。


 まさか、敵対組織のカチコミじゃないだろうな。

 敵対組織の心当たりは、青白い肌の男達と《新ムタン商会》の関連が、あることはある。


 急いで店の方へ行くと、〈リク〉が真っ青な顔で、ブルブルと震えていた。

 〈リク〉がビビッてしまうような、ものすごい敵が来襲したのか。

 すわ魔族の殴り込みか。エンシェントドラゴンの侵犯なのか。


 〈アィラン〉君も、店の前で茫然と立ち尽くしている。

 指は意味もなく、ワナワナと動いているのが、〈アィラン〉君の動揺を表しているようだ。

 これじゃ、一桁の足し算も出来ないだろう。


 「〈アーラン〉ちゃんは、どこだ」


 「うぅ、〈アー〉は、〈カリナ〉さんのお家です」


 〈アィラン〉君の認識では、〈リク〉の家じゃなくて、〈カリナ〉の家なんだな。

 僕は慌てて、〈カリナ〉家の扉を開いた。あれ、僕の認識もそうなっている。


 「皆、大丈夫か」


 「あっ、〈タロ〉様。大丈夫じゃない。そこを退(ど)いてよ」


 〈サトミ〉が、真剣な顔をして、僕を突き飛ばすように押し退(の)けた。

 えっ、家の中に入れてくれないのか。大丈夫じゃないのに、どうしてなんだ。

 それに、〈サトミ〉の態度が、冷た過ぎるほど冷(ひ)ややかに感じる。

 僕のことは、眼中にまるでないようだ。


 「〈サトミ〉」


 「退いてて言ったよね。じゃま」


 僕はヨヨとよろけて、扉の横で尻餅をついてしまった。

 〈サトミ〉の心無い言葉に、心が潰れてしまったんだ。

 買い物の時は、あんなに機嫌が良かったじゃないか。


 この短時間で、何が起こったんだ。魔族の精神系の魔法に、かかってしまったのか。


 座り込んでいる僕の横を、これまたド真剣な顔をした〈リーツア〉さんが、おばあちゃんの手を引いて、家の中へ消えていった。

 直ぐ横でへたり込んでいるのに、〈リーツア〉さんも、僕のことを完全無視だ。


 「南国の日の光が、零れている場所」だと思っていたけど、「北国の月の光が、何も差し込まない場所」に変ってしまったよ。


 「〈タロ〉様、お湯を沸かして。大至急よ。グズグズしないで」


 〈アコ〉が、大声で叫ぶように言ってきた。相当テンパっている感じに思える。


 「はい。了解しました」


 「グズグズ」には反論したかったが、グッと呑み込んで、大きく明瞭に返事を返した。

 〈アコ〉は、満足したのか、家の中へ帰っていった。


 棒立ちしている〈アィラン〉君と、青白い顔の〈リク〉に、薪を持ってくるように指示をして、僕はお風呂の釜に火を着けた。

 〈アィラン〉君と、〈リク〉は、ギクシャクとロボットのように、ぎごちない動きで薪を持ったまま、立ち止まっている。


 僕はその薪を取りあげて、台所の窓から、「薪は足りているか」と怒鳴って確認する。

 窓から顔を出した〈アーラン〉ちゃんが、僕の持っている薪を奪い取って、窓をピシャンと閉めた。

 世渡り上手の〈アーラン〉ちゃんの、行動とはとても思えないな。


 その後は、残っていた煉瓦で即席の竈(かまど)を造ってみた。

 〈アィラン〉君と、〈リク〉に、薪を持ってくるように言うと、またギクシャク動いて薪を持ってきた。

 僕の前まで来ると、また立ち止まっている。

 薪に火を着けるように言うと、僕は館の台所から、大きな鍋を抱えて持ってきた。

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