第432話 似合う色
「そうなのか。ついでに聞くけど、僕はどんな匂いがしているんだ」
「あはぁ、〈タロ〉様、そんなの決まっているよ。私達の匂いだよ」
「うふふ、私には、あまり分かりませんが。他の人にすれば、かなり濃厚な匂いだと思いますよ」
「ふふふ、〈タロ〉様には、沢山匂いをつけてありますわ」
「えっ、香水は、つけてはいないよね」
三人は、僕の質問を無視して、含み笑いをしているだけだ。
きょとんとした感じの〈アーラン〉ちゃんと、僕は顔を見合わせてしまう。
〈アーラン〉ちゃんは、おまけじゃなくて、僕の同士だったんだな。
「もう良いよ。今日は、〈噴水広場通り〉に行ってみよう」
僕は、〈アーラン〉ちゃんと手を繋ぎ、辻馬車を拾おうと歩き出した。
同士とは、行動を共にする必要があるんだ。
質問を笑いで返す者は、同士とは言えない。距離を置かせて貰おう。
僕は一人で、大きな噴水の横にある、ベンチに腰をかけている。
ここから、正面に見える、お高そうな服屋の中を見張っているんだ。
噴水から迸(ほとばし)る水飛沫(みずしぶき)が、僕の頭を濡らして、爽快(そうかい)な気分してくれるのです。
さっきまでは、正面の店で許嫁達と〈アーラン〉ちゃんの服選びに、付き合っていたが、限界を感じたんだ。
どの服が似合いますか、と言う問いかけに、ひどく消耗してしまった。
〈アーラン〉ちゃんという同士を、見捨てて、戦線を離脱してしまったんだ。
僕が離脱する時、〈アーラン〉ちゃんは、赤いワンピースを手に持って、満面の笑みを浮かべていた。
同士では、なかったのだろう。幼いとはいえ、向こう側の人間だったんだな。
でも、今は安息の地を与えられ、道行く人を観察しているのは、楽しいことである。
もちろん、お高そうな服屋の見張も忘れていないし、怪しそうな人間には、注意をはらっているぞ。
少し挙動不審な人や、明らかに病気の人を見かけてしまう。
通りには多種多様な人間が行き来し、千差万別な人生を暮らしているのだと思う。
その一片を切り取って、今、僕に見せてくれているんだ。
バーコード禿げのおっさんの靴にも、歴史があるはずだ。
大きな三角の傷がついている。
ザビエル禿げの兄ちゃんには、悲しい物語があるに違いない。
抱えている革の鞄に、雨の雫(しずく)の跡がついている。
ヴィヴァ、噴水。僕に清涼を与えくれたよ。
ヴィヴァ、人間。僕に営みを見せてくれたよ。
僕の人生は、今、ここに存在しているんだ。
諸手(もろて)を上げて、生きていることに感謝を捧げよう。
僕が後ろ向きで、コインを二枚噴水に投げ入れていると、買い物部隊が戻ってきた。
戦利品を山ほど抱えているぞ。向こう側の人間達は、物量作戦を始めたのか。
重く苦しい兵站(へいたん)が、僕には待っているんだな。
併せて、ちゃりん、ちゃりんと、金貨が僕の手を滑り落ちていく、幻影が見えた。
センチな気分だよ。
「ふふ、〈タロ〉様。ちゃんと見ててくれているのですね。この包(つつみ)を持っててください。今度は、噴水の反対側のお店に行ってきますわ」
「へへっ、〈タロ〉様。〈サトミ〉、一杯買っちゃったんだ。これもよろしくね」
「うふ、〈タロ〉様と、一緒に来れて嬉しいです。私の分もお願いしますね。さあ、反対側に移動しましょう」
「ご領主様、ありがとうございます。こんなに沢山買って頂いて、大切にします」
「いいんだよ。おじさんは、お金持ちだから、心配しなくて良いよ」
「はぁ、〈タロ〉様は。お年寄りみたいに、言わないでくださいよ。それより、私に似合う色は、何色だと思います。参考にしますわ」
「私もです、私の肌には、何色が合うと思います」
「〈サトミ〉にも言ってよ。〈タロ〉様の好みの色が知りたいな」
「へっ、色か。〈アコ〉は、やっぱり赤かな。〈クルス〉は思い切って黒でどうだ。〈サトミ〉は、可愛い桃色だな。そして、〈アーラン〉ちゃんは、暖かい黄色が良いと思うな」
「うーん、私は赤ですか。赤はもうあるのですが、それがお好みなんですね。それと、分かっていると思いますけど、〈アー〉ちゃんはダメですよ」
「うふふ、黒なのですね。冒険してみましょうか」
「えー、〈タロ〉様、〈サトミ〉は桃なの。思っていたのと違うんだ」
〈アーラン〉ちゃんの何が、ダメなんだろう。
許嫁以外に、自分の好みの色を言ったらいけないってことか。
分からなくもないな。〈アーラン〉ちゃんのボーイフレンドが、言うことなんだろう。
もう、〈アーラン〉ちゃんには、好きな子が、いるのかも知れないな。
女の子は、ませているって言うからな。
〈アィラン〉君の焦った顔が、浮かんでくるな。あはははっ。
今度のお店もお高さそうだ。店員が一人一人についているぞ。
あんなに売り子がいたら、人件費だけでも相当なものだな。
許嫁達と〈アーラン〉ちゃんは、選びに選んだようで、選び終わった後は、もうお昼を過ぎていた。
その後、小洒落(こじゃれ)た店で、ツンツンとお高くとまった料理を召しあがった。
料理の名称が、なんちゃらかんちゃらと、やたら長い。
料金も、なんやかんやで、すごかった。たぶん、魚と肉が使われていたと思う。
〈アーラン〉ちゃんが、「こんなの初めて」「舌がとろけちゃう」と喜んでくれたので、嬉しかったな。
世渡り上手な、とっても良い子だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます