第430話 《シエララ》の町

 知らないうちに、夏休みが近づいてきてたらしい。

 今学期は、あんまり勉強をしてこなかった気がするな。

 まあ、エスカレーター式に卒業出来るのだから、気にしないでおこう。


 気になっていたのは、あの誘拐未遂事件だ。

 先日になって、ようやく王都旅団から情報が入ってきた。


 一人だけ生き残っていた犯人が、牢屋(ろうや)で死んでしまったようだ。

 拷問を受けても、無言を通し続けていたが、看守の隙(すき)をついて首を吊ったらしい。

 シーツを引き裂いて、器用に首へかけるロープを作ったと言うことだ。

 このこともあってか、背後関係とか犯人側の捜査は、全くと言うほど進んでいない。


 だけど、あんなに目立つ青白い肌の人間が、どうやって王都に忽然(こつぜん)と現れたのだろう。

 どこかに隠れ住んでいたのだろうが、かなり大掛かりな組織だと思う。


 あんな奇妙な人間を、造れる組織はまともじゃないし、ある意味優秀な組織なんだろう。

 女性ばかり狙うのも、おぞましい気がする。

 目的を想像するだけで、戦慄(せんりつ)が走ってしまいそうだ。

 一刻も早く、犯罪組織を壊滅して欲しい。許嫁達が心配だよ。


 王都旅団長の〈セミセ〉公爵は、「血が騒ぐ」とカッコいいことをほざいていたのにな。

 しっかりしてくれよ。


 剣とか服とか、遺留品は沢山あるのに、そっちの方から足取りが掴めないものなのか。

 ただ、この世界では科学的な捜査は難しいのだろう。

 自白と目撃証言だけで、罪が決まってしまうのかも知れない。

 それは怖いな。冤罪(えんざい)が、一杯ありそうだ。

 僕も余所(よそ)では、おっぱいやお尻に気をつけよう。

 おっぱいやお尻は、許嫁達だけにしておこう。

 「足(た)るを知る」という言葉があるように、太ももを触るのも許嫁達限定にするべきだろう。


 ただ唯一、犯行に使われた幌馬車だけは、出所が判明したようだ。

 遠く離れた《シエララ》と言う町を、拠点としている商人の持ち物だと分かった。

 それと、その商人は行方不明となっていることもだ。


 《シエララ》の町は、《黒帝蜘蛛》の生息地である《アンモル山地》の裏側にある。

 町の中心には、主神アルプクカストを祭った大神殿が、そびえているらしい。

 大きな宗教施設を核とする、いわゆる門前町だ。

 《カカン霊山》の麓(ふもと)にある、宗教都市との位置づけだ。


 おっ、宗教か、怪しい、と思ったけど、《シエララ》の町は、王国成立からの聖なる町らしい。

 町は代々、由緒正しい聖女が、大神殿祭主と兼ねて治めている。

 聖女は、気品溢れる麗人で、神々(こうごう)しい佇(たたず)まいであると聞く。


 一度、御尊顔(ごそんがん)と御おっぱい(おおっぱい)と御尻(おんしり)を拝んでみたいな。


 一緒に報告を受けた〈リク〉に、ぼそっと言ったら、頭を抱えていた。


 「ご領主様、聖女様に何てことを言うのですか。不敬にもほどがあります。それに、婚約者の方々をまた泣かすのですか」


 〈リク〉は、また鬼のような顔で、お説教をしてくる。ちょと、冗談で言っただけだよ。

 御おっぱいと御尻を拝むのは、許嫁達だけにしときます。

 はい。


 もう一つ、聖女絡みの話がある。

 〈サトミ〉が、聖女認定されそうになってたが、その噂は煙のように立ち消えてしまった。

 〈天智猫〉の加護は、僕がガラスの花瓶(かびん)で防いだことに、成り代わってしまったようだ。

 誰かが、牽制のために投げてくれた花瓶の残骸が、近くに落ちていたためらしい。

 鉄の剣の攻撃を、防御したすごい花瓶だ。

 幸運グッズで売り出したら、バカ売れになると思う。どこから仕入れたんだろう。



 それと、〈セミセ〉公爵の名誉のために言っておくと。

 誘拐された女性達 (少女含む)の身元は、全員判明したようだ。

 王都旅団が、頑張ったんだろう。


 海方面旅団では、無理だったと思う。団員の数も足りてないし、旅団長がアレだからな。


 普通の主婦も一人いたけど、女性達は、貧しい人達ばかりだった。

 ストリートの娼婦に、貧民街の子供達だ。誘拐しやすい人達を狙ったんだろう。

 許嫁達三人は、例外中の例外だったらしい。


 僕の許嫁達三人は、どんだけ間が悪くて、間が抜けているんだ。

 夫婦に近づいたので、僕に似てきたのか。そうなら、不安がつきないぞ。

 触るんじゃなくて、もっとお尻を叩いておくべきだったな。


 それと、不思議に縁があると言うか。誘拐されるのに、縁はおかしい気もするが。

 妹の〈アーラン〉ちゃんも、許嫁達と一緒に捕まっていたんだ。

 掏り未遂犯の〈アィラン〉君も、前の晩から必死に捜してようで、涙なみだの再開を果たしていたらしい。

 たった二人切りの兄妹だからな、半身がなくなったような気がしていたのだろう。


 そこで、許嫁達がこの二人の兄妹を、雇って欲しいと申し出てきたんだ。

 特に〈アーラン〉ちゃんが、このまま街で花売りをしていては、いつ犯罪の標的にされるか分からないと言うのが理由だ。

 本人達も実際に誘拐されたので、もう花売りは怖いと思っているらしい。

 〈アーラン〉ちゃんも、少女の年になったのだから、そりゃ危ないよな。

 はっ、幼児ならもっと危ないか。

 小児性愛好者は、どこの世界にもいるからな。かっこうの的だろう。

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