第422話 段々腹が立ってきた

 僕と〈リク〉は、「王都旅団」の馬車で〈南国果物店〉まで送って貰った。

 僕達の帰りを〈リーツア〉さんと〈カリナ〉と〈アコ〉の母親が出迎えてくれた。


 「〈タロ〉様、お帰りなさいませ。また娘を助けて頂いて、大変感謝しております」


 〈アコ〉の母親は僕の手を握って、笑っているような、泣いているような、不思議な顔をしている。

 七割は笑っているようだ。助かったので嬉しいのだろう。


 「お礼は不要ですよ。〈アコ〉は僕の大切な人ですから、助けるのは、僕の当たり前の義務です」


 〈リーツア〉さんと〈カリナ〉も、「お疲れ様でした。無事に帰ってこられて嬉しいです」と言ってくれた。

 顔は笑っているけど、目は赤く腫れて見える。許嫁達と一緒に、泣いていたのかも知れないな。


 〈カリナ〉は〈リク〉にそっと寄り添って、〈リク〉は〈カリナ〉の大きなお腹に手を添えている。

 駆け落ち若夫婦も、眠い目をこすって「お帰りなさい」と言ってくれた。


 〈南国果物店〉は、ほっと一息つける親戚の家みたいだな。

 やっぱりここは、南国の日の光が、零れている場所なんだと思う。


 許嫁達は泣き疲れて、〈サトミ〉の部屋で三人とも眠ったらしい。


 僕と〈リク〉も、お風呂に入って直ぐに眠りなさいと命令された。

 逆らう元気もないので、素直にお風呂へ入ることにする。

 僕は腕を怪我しているので、〈リク〉が洗ってくれた。


 何度見ても、〈リク〉の背中は大きいな。〈リク〉がいると、安心感が半端ないぞ。

 これが頼れる男というんだろう。

 身体の前も丁寧に洗ってくれたので、キュンキュンしちゃったよ。


 その後僕は、ベッドに横になった途端、直ぐに眠ったらしい。まだ髪は濡れていたと思う。


 次の日、朝起きたら、〈アコ〉と〈クルス〉と〈サトミ〉が僕を見詰めていた。

 僕を囲んで深刻そうな顔をしている。


 「あっ、〈タロ〉様が起きたよ。腕は痛くない」


 「〈タロ〉様、疲れてはいないですか」


 「起きられましたね。腕の包帯を換えますわ」


 僕は寝ぼけ眼(まなこ)で、三人を順番に見た。

 三人は、元気が少しないけど、どこにも怪我はしてないようだ。


 三人の無事を実感として確認出来たら、段々腹が立ってきた。

 特に〈サトミ〉への怒りが強い。

 この三人は、護衛も連れずに、どうして《人魚の里》の近くにいたんだろう。

 若い女性にとって、あんな危険な場所はないぞ。


 僕は包帯を換えて貰いながら、理由を聞いてみた。


 「昨日は、どこへ出かけていたんだ」


 「えっ、… 」


 「その… 」


 「うぅ… 」


 「あぁー、言えない所なのか」


 「わ、わたしが悪いのですわ。《人魚の里》に行きましたの。〈クルス〉ちゃんと〈サトミ〉ちゃんを巻き込んでしまったのです」


 「〈アコ〉ちゃんだけが、悪くないんだよ。〈サトミ〉も、捜しに行くって言ったんだ」


 「私も同罪です。《人魚の里》に、突撃しようと言いました」


 「はぁ、《人魚の里》で何を捜したんだ」


 「それは、《新ムタン商会》ですわ」


 「へっ、《新ムタン商会》は《人魚の里》じゃなくて、少し離れているぞ」


 「ええー、そうなの。〈サトミ〉は、てっきり《人魚の里》にある、〈タロ〉様が通っている、お店だと思っていたんだよ」


 そう言えば、《新ムタン商会》の二階にある、お店の名前は何だったろう。

 たぶん、名前はあるんだろうな。


 「僕が通っているって、何のことだよ。《新ムタン商会》へは、元奴隷の人の家族の捜索と、塩漬け魚の商談に行っただけだよ」


 「確認しますが。〈タロ〉様は、水商売の女性で親しい方はいないのですか」


 〈クルス〉の質問で、許嫁達が何をしようとしてたのか、大体想像がついた。

 王都旅団長の〈セミセ〉公爵の忠告も、あながち的外(まとはず)れじゃなかったな。

 それと、〈ミオ〉は親しいまではいかないよな。


 「そんな女性が、いるはずがないだろう」


 「〈タロ〉様、本当の本当ですか」


 「でも、怪しい感じでしたわ」


 「〈サトミ〉は、〈タロ〉様を信用しても良いの」


 駆け落ち夫婦の幼妻と、《チァモシエ》嬢と、〈ミオ〉に、エロい視線を送っていたのは事実だ。 

 だけど、触ったり揉んだりと具体的なことまでは、一切していないぞ。


 したいと思っていたのと、したのは、全く違うと思う。

 そこには、童貞と絶倫ほどの、超えられない大きな壁がある。

 うーん、少し違うか。

 殺したいと思う、ことと、殺人犯の違いにしておこう。

 どっちにしても、完全な濡れ衣(ぎぬ)だ。


 「なんだよ。僕を疑っているのか」


 「疑ってはいませんが、心配だったのですわ」


 「繁華街へ夜に行かれたので、不安になったのです」


 「〈タロ〉様は、狙われているから、〈サトミ〉が守ろうと思ったんだよ」


 僕の信用はゼロに近かったんだ。悲しくなるな。


 「やっぱり、僕を疑っていたんだな。それに、あのまま誘拐されていたら、皆がどれほど悲しんだか、分かっているのか」


 自分で言っているうちに、怒りが増してきたぞ。

 許嫁達三人が、行方不明になっていたらと思うと、恐怖でしかない。

 人は恐怖を覚えると、怒りに駆られるのは、本当なんだな。

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