第420話 破いたスカート 

 〈アコ〉と〈クルス〉と〈サトミ〉は、手足を縛られて、馬車の中に転がされていた。

 もちろん、猿ぐつわを噛まされた状態でだ。


 幸い意識はあるようで、僕が入って来たのを見て、「うぅ」「うぐ」「えぐ」と声を出しながら泣いている。

 僕は三人を見つけることが出来て、胸の辺りが燃えるように熱くなってしまった。

 心を支配していた焦燥感が、嘘のように消えて、そこに日の光が差し込んでいくようだ。

 油断していると、溢れ出して泣きそうになる。


 三人の縛(いまし)めを解(ほど)くと、僕へ突進するように抱き着いてきた。

 「うぐぐっ、じゃろたま」と言いながら、すがりついて離れない。


 他の女性達も解放しないと、は思うけど、すがりつかれて動くことが出来ない。

 今は許嫁達を、振り払う意欲も湧(わ)かないし、してはいけないと思う。

 もう少し、この幸せを四人で、感じていたいんだ。


 馬車の外では、歓声が轟(とどろ)いている。

 〈リク〉が、青白い肌の男達の制圧を完了させたようだ。

 後続の馬車の中から、女性達が次々と解放されているようで、すすり泣く声と慰める声が、やけに遠くで聞こえている。


 この場車の女性達も、解放され出した。

 許嫁達の泣き声と、解放された女性達の泣き声が、ハウリングを起こしたように、僕の頭は真っ白になっていく。

 緊張と不安と集中が、一度になくなって、僕の脳が活動を休止したのだろう。


 さっきまでの反動なのか。酷使した脳の保全対策なのか。脳があまり動いていない。

 まあ、無事助けられたのだから、些細(ささい)なことを気にしても仕方がないよな。


 「ご領主、腕の治療が必要です」


 〈リク〉が怖い顔で、僕を睨んでいる。

 怒っているわけじゃないと思うけど、鬼の形相(ぎょうそう)にしか見えない。


 「ぴゃ、わ、分かっているよ」


 腕の血を見た許嫁達が、「じゃろたま、じんじゃいゃー」と、また大きく泣き出した。


 慌ててスカートをまくり、懸命に破ろうとしている。

 裂いて包帯代わりにするつもりなんだろう。 

 中々破れないので、めくり上げたスカートから、ショーツが丸見えになっている。

 白と白と赤だ。


 これが、許嫁達の助けられたお礼なんだろう。


 至近距離で、見せて貰っているから、これで十分だと思う。

 なぜか、切られた腕の痛みも引いていくようだ。


 スカートは破れたが、〈ラオ〉が持ってきてくれた、塗り薬と包帯で、僕の治療は終わってしまった。

 はぁ、破いたスカートの代わりを、また買ってあげなくてはならないな。


 治療が終わって、馬車の外に出ても、許嫁達は僕の服を掴んで離さない。

 僕がどこかに行くと思っているのか。

 どこかへ行ってしまいそうだったのは、許嫁達の方じゃないかと思う。

 どこかで、どこにも行けないように、抱きしめる必要があるな。


 〈リク〉と〈ラオ〉が、僕の方を見て、親指を立てている。

 笑っている顔は、「お前は良くやった」と言っているらしい。

 僕は、伯爵様で領主で雇用主で酒を売ってやっているのに、少し敬意が足りないんじゃないかな。


 〈ガリ〉も、僕に一回「ワン」と吠えた後、〈サトミ〉の足に纏わりついている。

 足をちょっと引きずっているけど、命に別状(べつじょう)はないようだ。

 派手に吹っ飛んだのが、反って良かったのだろう。

 ムカつく顔をした野良犬だったので、蹴り耐性がついていたのかも知れない。


 グルグルは、「下郎を真っ逆さまに落とせなくて、誠に口惜しいぞ」と微笑みながら、空に昇って行こうとしている。赤い発疹は消えているな。


 この一匹と一柱も、僕への敬意が足りないけど、今回は助けて貰ったんだ。

 僕は「ありがとうございました」と呟いて、頭を深々と下げた。

 もちろん、揃(そろ)えた手の指先は、ピンと伸ばしている。



 包丁と鉄鍋の持ち主のおっちゃんへ、謝罪している時に、それは起こった。


 助けられた幼い女の子が、駆け寄って何かを拾おうとしたようだ。

 その何かは、土に汚れたボロボロの人形で、この少女の宝物だったらしい。

 不幸なことに、その宝物は、倒れている青白い肌の男の目の前に落ちていたんだ。


 近くにいた〈サトミ〉が、「行っちゃダメ」と叫んだが、少女は止まらない。

 たぶん、お人形のことで、頭が一杯だったんだろう。


 死にきっていなかった男は、その少女に剣を突き刺そうと手を動かした。

 意味のない行動だけど、青白い肌の男のことなど、分かるはずもないし、分かりたくもない。


 男と少女との距離は、一mも離れていなかった。

 僕が〈サトミ〉の声で、振り返った時には、もう遅すぎたんだ。

 何が起こっているのかさえ、僕には分からなかったんだよ。

 〈サトミ〉が、急に走り出したのが、目に写っただけだ。


 スキルの行使が出来ないほど、僕は油断していたんだろう。

 もう、今からでは間に合わない。青白い肌の男の剣が、ゼロcmの距離だ。

 最後の最後になって、僕は世界で一番の役立たずのクズ野郎だよ。


 少女と男の間に、立ち塞がった〈サトミ〉は、剣で胸の辺りを刺された。


 〈アコ〉と〈クルス〉は、「いやー」と甲高い悲鳴をあげて、顔を真っ青にしている。

 クズの僕は、「ひっ」と息を止めたまま、目を見開いて、〈サトミ〉を見ていた。

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