第417話 穴掘り犬
あまりにも穴を掘りまくるので、僕は〈ガリ〉に言い聞かせることにした。
「〈ガリ〉よ、良く聞いてくれ。ここをもう掘ってはいけないよ。建物の基礎が、むき出しになってしまうんだ」
「くうーん」
「悲しそうな声で、泣いてもダメだよ。建物が崩れたら、〈サトミ〉も怪我をするんだ。分かったか」
「くうーん、くうーん」
〈ガリ〉の泣き顔は、厳しいな。泣いているように、見えないぞ。
ヨレヨレのサラリーマンが、大きなミスをして、半笑いで切り抜けようとしている顔だ。
周りの人達は、「またやったか」と呆れて、無視しようとしている幻影が見えそうになる。
「泣き落としは効かないよ。ただ、どこも掘っても、いけないとは言わない。そこの空き地なら構わないよ。そこの土は、硬くて掘りがいがあるだろう」
「わん、わん」
「よしよし。分かってくれて、僕も嬉しいよ」
「ほほほっ、下郎の友垣(ともがき)は、穴掘り犬なんだな。ボッチじゃなくて良かったのう」
てめえの方が、ボッチだろう。暇を持て余しているに違いない。
誰か友達になってやれよ。
「けっ、グルグルか」
「また朕に、不作法な口をききよるの。低質な品性が、現れているとしか思えんのう」
「こんどは、どんな用事で来たんだ。また自慢か」
「この前は、未通の乙女が不在だったため、再度訪れてやったまでだ。お前に用事が、あるわけがなかろう。それとも、抜かずの二発、の委細(いさい)を聞きたいのか。どうしてもと言うなら、事細(ことこま)かく教えてやって進ぜよう。大いなる偉業の叙事詩を聞きたいのであろう。ほほほっ」
グルグルの不気味な笑いの後に、何か得体(えたい)の知れない感覚を覚えた。
心が急(せ)かされて、走り出したい気分だ。
〈ガリ〉も、「ウゥー」と低く吠えて、遠くを見ているようだ。
グルグルから、距離を置きたいのだろう。その気持ちは良く分かるぞ。
「おっ、〈サァラァサィ〉の番(つがい)が、おるのか。好都合じゃな」
僕は「ひぃ」と小さく悲鳴をあげた。コイツは、僕の心臓を止めるつもりか。
急に現れて、急にしゃべるとは、失礼にもほどがあるぞ。
身体活動が停止したら、どうしてくれるんだ。
グルグルの後ろの空中に、〈天智猫〉が、突然浮かんでやがる。
でもコイツは、くたびれた中年猫じゃなくて、よぼよぼの年寄り猫にしか見えない。
長くて白い顎髭(あごひげ)と、真っ白で大きな眉毛(まゆげ)が生えているぞ。
腰も曲がっているようで杖をついている。
この〈天智猫〉が出現するやいなや、〈ガリ〉が狼のように「ワォーン」と大きく吠えて、狂ったように駆け出していった。
どこへ走って行ったんだ。〈ガリ〉は、〈天智猫〉が怖いのだろう。
急に出てきたら、吃驚するよな。殆ど幽霊と変わらないぞ。
「〈ジュジュシュ〉と違うな。あんたは誰なんだ」
「吾輩は、この王都を縄張りにしている〈天智猫〉じゃよ。今は悠長(ゆうちょう)に、自己紹介している場合じゃないんじゃ。お前さんの許嫁が、酷い目に遭っとるぞ。早(はよ)う助けにいかんか。早漏の話を、アホみたいに聞いる暇はないぞ、ぼけ」
「えっ、許嫁達に何があったんだ」
コイツの言うことは、本当なのか。でも、許嫁達が三人で、出かけているのは事実だ。
「時間がないんじゃ。仲の良い早漏同士じゃから、〈サァラァサィ〉の番に乗せて貰え」
なんだコイツ、まだやったこともないのに、早々に早漏認定か。
そんなことより、三人は今どこにいるんだ。
「嫌だね。どうして、小便しか能のない、この童貞を背に乗せる必要があるんだ」
あー、小便しか能がないとは、滅茶苦茶な悪口だよ。
「四(し)の五(ご)の五月蠅いんじゃ。未通の乙女の危機なんじゃぞ。それも三人じゃ」
「くっ、三人ともか。致し方ない。天空の雲の舞台から、飛び降りるつもりで、運搬してやろう。光栄に思えよ」
あー、運搬って、僕は荷物か。
「童貞のお前さんは、早う背中に乗るんじゃ。そして、あの穴掘り犬を追うんじゃぞ。穴掘り犬の方が、お前さんより、よほどしっかりしておるわ」
この年寄り〈天智猫〉は、ド失礼なことをほざきやがる。
ただ、〈アコ〉と〈クルス〉と〈サトミ〉に、危険が迫っているのは、どうも本当らしい。
神獣の〈天智猫〉が、僕を騙(だます)すメリットは、何もないと思う。
中年猫は〈サトミ〉に恩義を感じているから、〈天智猫〉同士で何か連携をとっているのかも知れない。
状況は何も分からないが、僕は一刻も早く、三人の傍(そば)に行かなくちゃならない。
僕が助けに来るのを、心細い思いで待っているに違いない。
怖くて、悲しくて、泣いていると思う。酷い目にあっているかも知れない。
「〈タロ〉様、助けて」と言う声が、聞こえてくる気がする。
急げ。
「グルグル様、どうかお願いします。僕を許嫁達のところへ、連れて行ってください」
「不本意ながら、下郎を運搬してやるぞ。未通の乙女達を助けられなかったら、下郎は空から真っ逆さまだと覚悟しておけよ」
「必ず助けますので、僕を運んでください」
「ふん、任せておけ」
僕は、グルグルの背中に乗って、先行している〈ガリ〉を追いかけた。
グルグルの背中は、赤い発疹(ほっしん)が全面に発生して、気持ちが悪いことになっている。
首も発疹だらけだから、身体全体がそうなんだろう。これは、どうもアレルギー反応らしい。
僕という雄を乗せたから、拒絶反応が出ているのだろう。
全身が熱を持って、とても痒(かゆ)いと思うが、許嫁達のためなんだ。
今は我慢をしてくれ。
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