第412話 必死

 「《赤鳩》の学舎生の中に、〈タロ〉様に憧れて、側室になろうと思っている人が大勢いるのです」


 「えぇー、側室。三人で十分だよ」


 「だから、私か〈サトミ〉ちゃんに、なり替わろうとしているようです」


 「それは、大変なことじゃないのか」


 「そうです。大変な事態ですよ。だから、既成事実を作らせないように、〈タロ〉様には、もっと気をつけて欲しいのです」


 「気をつけます」


 「言い切りましたね。よろしい。この耳で聞きましたからね」


 僕の方は、〈マサィレ〉と奥さんの別れを中心に話した。

 当たり前だけど、〈チァモシエ〉嬢と女将さんとの件は、話していない。

 船長にキスされた話は、話すことにした。

 嫌な思い出は、話すことによって軽くなる場合も多いからな。


 「〈タロ〉様まずは、船長さんの感触を、私の感触に置き換えてください」


 感触って言うなよ。ねちょねちょしたのを、思い出すじゃないか。


 「あれ、もうキスしたよな」


 「何回もした方が良いと思います。今度は感触を替えることに、主眼を置きますね。必要ないのですか」


 「必要です」


 「ではどうぞ、来てください」


 どうぞ、来て、と言われてもな。いざ言われると、やり難いもんだ。

 それでも僕は、〈クルス〉にキスをした。


 〈クルス〉は僕の唇に自分の唇を、丁寧に擦(こす)り付けたり、ねっとりと舌で舐めてくれる。 〈クルス〉の薄い唇の感触と、林檎のような香りが、船長の記憶を消していくようだ。

 そうだ。林檎はどうなったのかな。


 「これで大丈夫でしょう。次は〈マサィレ〉さんのお話を、もっと詳細に話してください」


 「えっ、さっき話したよ」


 「私は奥さんの気持ちが、理解出来なかったのです。今度は、一字一句正確に話してください」


 僕は出来るだけ正確に、もう一度話し直した。〈クルス〉は、黙って真剣に聞いている。

 時おり、「うっ」と苦し気な、小さな声を出していたかも知れない。


 話し終えて見ると、〈クルス〉は静かに涙を流している。


 「ぐすっ、〈タロ〉様、戦争は人の繋がりを、無慈悲に断ってしまうのですね」


 「そうだな」


 「私は子供と一緒に、死を迎える選択しか出来ないかも知れません。でもそれは、〈タロ〉様にとっても、最悪な選択になるのですね」


 「〈クルス〉、心配するな。僕は〈クルス〉を、そんな目に遭わせたりしないよ」


 「分かっています。でも、でも、悲し過ぎます」


 〈クルス〉は、シクシクと泣きながら、僕の膝の上に身体を投げ出してきた。

 僕は泣いている〈クルス〉の髪を、撫でてあげた。今はそれしか出来ない。

 しばらく泣いたら、〈クルス〉は顔をあげて僕に微笑んできた。


 「うふふ、泣いちゃいました。ただ、奥さんは私が同情して泣いても、何も嬉しくないと思います。自分はその時々を、必死に生きているだけだと仰ると思います。だから、私も必死に生きなくてはなりません」


 「〈クルス〉、何て言うのかな。あんまり気負い過ぎるのも、疲れてしまうよ。もっと緩(ゆる)く生きても、良いと思うんだ」


 「それはそうですね。でも、私が必死になるのは、〈タロ〉様と離れないことなのです」


 「それじゃ、何も心配いらないよ。僕は〈クルス〉を離したりしない」


 「タロ〉様、綺麗な人に誘惑されても、ですか」


 「もちろんだよ。それに〈クルス〉以上に、綺麗な人はいないな」


 「むっ、〈タロ〉様のそういうところが、心配なのですよ。私より綺麗な人は沢山おられます。だから、私も〈タロ〉様を誘惑しますね」


 「えっ、誘惑するの、〈クルス〉が」


 「うふふ、さっきもしましたよ」


 「そう言えばそうだな」


 「今度は、お茶を飲ませてあげます」


 〈クルス〉は、お茶を口一杯に含んだ。頬が膨(ふく)らんだ様子は、リスのようで可愛らしい。

 〈クルス〉が、口を近づけてきたので、僕は唇をつけよう動き出す。


 でも、唇が重なる前に、〈クルス〉は唇を開けてしまった。

 お茶が〈クルス〉の唇の右側から、雫(しずく)になって零れ出てしまう。

 お茶が、鎖骨の辺りから、〈クルス〉の右のおっぱいを濡らしていく。


 「あっ、〈タロ〉様、大変です。胸にお茶が零れてしまいました」


 〈クルス〉は、唇からお茶を滴(したた)せながら、僕に微笑みかけてきた。

 微笑む場面ではないし、零れたお茶を拭こうともしない。


 「〈クルス〉、零れたお茶を拭かないの」


 「うーん、拭くのですか。〈タロ〉様は、お茶を飲みたくはないのですね」


 「ごくっ、飲む。飲む。飲みますとも」


 僕は、部屋着とスリップを引きずりあげて、〈クルス〉のおっぱいを露出させた。

 〈クルス〉のおっぱいが、プルンと揺れて、僕とこんにちはだ。


 そして、右のおっぱいにかぶりついた。

 いや。かぶりついたんじゃなくて、お茶を舐めとったんだ。

 いや。それも正しくはない。おっぱいは濡れていたけど、飲めるほどのお茶の量はなかった。

 それはそうだよ。当たり前だ。


 「〈タロ〉様、そんなに激しく舐めないでください。私の胸は怖がっていますよ」


 「えっ、胸が」


 「そうなのです。こんなに刺激を与えられたことは、初めてなので、どうして良いのか分からないようです」


 「何もしなくて良いと、言っておいてくれよ」


 僕は、先ちょも舐め出した。そこが一番、お茶で濡れていたからだ。

 桜餅(道明寺)のような粒々が、美味しそうだったからだ。

 和菓子とお茶はセットもんだろう。


 「んんう、〈タロ〉様。そこは、いゃっ」


 「ここは、怖がっていないよ」

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