第407話 ガリ

 僕と〈リク〉の帰りを、〈サトミ〉と〈カリナ〉と〈リーツア〉さんが、寝ないで待っていた。


 「〈サトミ〉、もう夜中だよ」


 「〈タロ〉様を待っていました。私が代表で検査します」


 「あなたは、私とお母様の二人がかりです。覚悟は良いですか」


 ひぇー、〈リク〉が完全にビビッている。まるで覚悟は出来ていないな。

 僕は〈サトミ〉に上半身を脱がされて、クンクンと匂いを嗅がれた。


 「うわぁ、〈タロ〉様、顔がすごく臭いよ。これは何なの」


 「うっ、あなたも、すごい匂いがしています」


 白粉の匂いは、おっさんの強烈な口臭に前に、完敗したらしい。

 僕と〈リク〉は、しぶしぶ人生の汚点を話した。焼け火箸の恐怖には勝てない。


 「船長にキスされたんだ」


 「船長さんに、舐められました」


 「きゃー、汚い」


 「ぎゃー、ばい菌が」


 「早くお風呂に入ってきなさい」


 〈リーツア〉さんに、怒られて、僕達はお風呂に入った。

 被害者が、どうして怒られるんだろう。これが世間と言うものか。

 ただ、〈リク〉の裸の背中は、とても大きくて、キュンとしてしまいそうだった。


 〈サトミ〉は、また僕をクンクンと嗅いでいる。


 「もう臭くないだろう」


 「うん、〈タロ〉様。石鹸の匂いだよ」


 お返しに、僕は〈サトミ〉のうなじの匂いを嗅いでみた。


 「〈サトミ〉の匂いは甘い香りだな」


 「そうなの。もっと、〈サトミ〉を嗅いで良いよ」


 僕は〈サトミ〉を抱きしめて、うなじにキスをした。跡が残るほど強くだ。


 「もう、〈タロ〉様ったら、跡が残っちゃうよ」


 「じゃ残らないところにするよ」


 僕は〈サトミ〉の唇にキスをした。


 「船長さんのキスを上書きしてあげるね」と〈サトミ〉は言ってくれる。


 〈サトミ〉は、何て良い女なんだろう。

 〈マサィレ〉には、申し訳ないと思ったけど、〈サトミ〉の唇からしばらく離せなかった。




 「クンクン」


 〈サトミ〉に抱かれた、茶色の大きな塊から、鳴き声が聞こえる。

 うーん、抱かれたと言うより、立たせているか。足が地面に着いている。


 「〈タロ〉様、お願いがあるの」


 「えっ、その犬を飼うのか」


 「あはぁ、〈タロ〉様は、〈サトミ〉の想いが分かっちゃうんだ」


 〈サトミ〉は、嬉しそうに笑っているけど、普通分かるだろう。

 だって、胸に抱きしめているんだから、嫌でも目に入るよ。

 〈サトミ〉は、ピョンピョンと跳んで、喜びを表現しようとしている。

 ただ、犬が重たくて跳べないようだ。


 「〈サトミ〉、ダメだと言わないけど、その犬は結構大きいぞ。子犬の方が、可愛いし、良く懐(なつ)くんじゃないかな」


 「うーん、でも〈サトミ〉は、この子が良いの」


 「うーん、相当不細工だよ」


 目が離れすぎて、とてもしまらない顔をしている。

 それ以上に問題なのが、皮膚病なんだろう、ところどころ毛が生えていない。

 そのせいもあってか、やせ細ってガリガリだ。正真正銘の野良犬にしか見えない。


 「〈タロ〉様、お願い。この子は可哀そうなの。お家がないから、ずっと〈サトミ〉に着いてくるんだ。良く見ると可愛いよ」


 良く見ると、むき出しになった皮膚が気持ち悪い。


 「でも、病気を持っているみたいだぞ」


 「それは大丈夫だよ。一杯食べれば元気になるよ」


 僕は結局、〈サトミ〉に押し切られる形で、頷(うなず)いてしまった。

 この犬が死んで、〈サトミ〉が悲しむのが少し怖いな。

 病気持ちで、ガリガリだから確率は高いと思う。今から、〈サトミ〉のフォローを考えておこう。


 「〈タロ〉様、名前を付けてよ」


 「すてお、か、まだら、はどうだ」


 「ううん、もっと可愛いのをつけてください」


 「はなれめ、か、がり、はどう」


 「うん、うん、〈ガリ〉が良いな。強そうでカッコ良い感じだよ」


 あれ、可愛いのが良かったんじゃ。まあ、何でも良いか。


 「ふふふん、〈ガリ〉、〈タロ〉様が飼って良いって、良かったね」


 それから、〈ガリ〉はモリモリご飯を食べて、皮膚病は治ってしまった。

 同時にガリじゃなくなった。今では目が離れた、ふざけた顔のただの犬だ。


 でも、ふざけた顔を良く見ると、哀愁が漂っている。

 一生懸命に働いているけど、何もかもが上手く行かなくて、媚びた笑いで誤魔化している中年サラリーマンに似ていると思う。

 気の毒とは思うけど、どうにもムカついてくる感じだ。


 〈サトミ〉が学舎に行く時は、「ハァハァ」と息を吐きながら、ずっと馬車を追いかけて行く。  〈サトミ〉を守っているつもりなのか。

 いや違うな。

 〈サトミ〉に見放されたら、元の捨て犬に戻ってしまうから、怖くて離れられないのだろう。


 〈サトミ〉が学舎から帰る時まで、大人しく校門で待っているらしい。

 犬ながら、恩義を感じているのかも知れない。

 いや違うな。

 味方をしてくれる〈サトミ〉がいない所には、怖くていれないんだろう。

 自分のことを良く分かっていると思う。


 ただ、〈サトミ〉が館にいる時に、困ったことをしてくれる。

 穴を掘りたおすんだ。モグラじゃないのに、なぜ穴を掘る。

 そこら中(じゅう)が、穴だらけだよ。


 「〈タロ〉様、ごめんなさい。〈ガリ〉に悪気はないの。〈サトミ〉が埋め合わせをするから、怒らないでね」


 〈サトミ〉が、胸の前で手を合わせて、上目遣(づか)いで頼んでくる。

 何を埋めてくれるのだろう。ヒィヒィ。合わさって、僕が埋めてあげようか。

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