第406話 ATM

 〈アコ〉と〈クルス〉と〈サトミ〉は、どうなんだろう。

 子供が生まれたら、僕も二の次になってしまうのかな。少し心配になる。


 でも、子供を育てるのには、沢山のお金がかかると思う。その意味では、頼りにされるはずだ。

 しかしこれでは、僕の人格は意味を失くして、お金を渡すだけの存在にしかなれない。


 僕は、ATM(現金自動預払機)に成り下がってしまうのか。

 悲しい人生だけど、全く当てにされないよりマシなんだろう。


 僕は、櫛と人形の間に、金貨を一枚差し込んだ。


 「えっ、伯爵様、この金貨はなんですか」


 「僕はATMだから、お金を入れたんだ」


 「はぁ、えいていえむ、ってなんですの」


 「繋(つな)がりを保つものなんだ」


 「えっ、私と繋がりを持つって、どういうことなんです」


 「まあ、困ったことがあったら、〈南国果物店〉を尋(たず)ねて来てくれ」


 「はぁ、〈南国果物店〉って何ですか」


 「南国の日の光が、零(こぼ)れている場所なんだ」


 奥さんは、あっけにとられたんだろう。訳が分からず、フリーズしているようだ。

 それはそうだ。僕も訳が分からない。

 自分が、ATMに成り下がってしまう想像で、頭が相当混乱していたんだ。

 機械の中に閉じ込められたようで、とても暗くて辛かったんだよ。


 「ご領主様、船長さんと〈マサィレ〉さんを、追いかけましょう」


 「追いつくかな」


 「あんなに、ふらふらで歩いていました。余裕ですよ」


 僕と〈リク〉は、まだ固まっている奥さんを残して、速足で追いかけ出した。

 女性から悲しい目に遭わされたら、情けない男は、固まって傷を舐め合う他はない。


 船長に舐められたら、臭いんだろうな。追いつけなくても、まあ、良いか。

 それにしても、〈リク〉の背中は大きいな。後ろを歩いていると、安心するぞ。

 キュンとしちゃいそうだよ。



 僕らは船長達に、追いついてしまった。船長の馴染みに店に、三人で流れ込んだ。

 船長の言ったとおり、店はガラガラだった。

 店の女将さんは、二十年前はムチムチだったに違いない。

 今は、ポヨンポヨンとされている状態だ。


 〈マサィレ〉に、櫛と人形を渡したと言ったら、また大泣を始める。

 僕の背中をバンバン叩いて、泣きじゃくっていた。


 余計なことをした僕を叩きたかったのと、良く渡してくれたという気持ちが、現れていたのかも知れない。

 とにかく背中が痛かったのは、良く覚えている。


 〈マサィレ〉は、船長に延々と、怨み辛(つら)みを訴えていた。

 船長は、怒ったり慰めたりしながら、ずっと聞いていた。

 一度も邪魔くさそうな態度は、取ってなかったと思う。

 不思議なことに、二十年前はピチピチの女将さんにも絡まない。

 それより、〈マサィレ〉の話を聞くことを優先しているようだった。

 〈マサィレ〉を、投げ出してしまいそうな気持ちを、決して見せてはいない。

 〈マサィレ〉も、それを分かって甘えていたんだろう。


 酔っぱらってしまった、二十年前はピチピチの女将さんに、僕達は舐められてしまった。

 僕も〈リク〉も船長も、顔を舐められまくった。

 必死に抵抗するのも、アレだから、流れに任せた結果だ。


 この女将さんは、酔っぱらうと高位のキス魔になるらしい。


 だから、船長が通っているのか。何て、いやらしくて、情けないんだろう。

 やっぱ船長だと思う。良く見つけたな。


 〈マサィレ〉は、特に念入りに舐められていた。塩味が効いていたんだろう。

 女性に舐められたら、悲しい男は怒らないで、眠るもんなんだ。

 〈マサィレ〉は、むにゃむにゃ言いながら、眠りについた。


 何回も、夜と朝を繰り返せば、心も前向きになっていくだろう。

 心がかきむしられように苦しくて、耐えられない時は、元奴隷の仲間がいるんだ。

 遠慮なく、傷を舐めてくれるだろう。


 二十年前はピチピチの女将さんの唾液は、ちょっと臭くて白粉(おしろい)の匂いがした。

 〈アコ〉と〈クルス〉と〈サトミ〉の唾液とは、違うんだな。


 三人とキスをしたいと、強く思う。運命は、どう転ぶか分からない。

 一緒にいられる時を、大切にする必要があると痛感させられる。


 そう考えていると、今度は船長が調子に乗り出しやがった。

 僕と〈リク〉の顔を舐めだしたんだ。何を考えていやがる。大変臭いぞ。

 拭いても、匂いが落ちやしない。


 続けて、女将さんを舐めようとして、思い切り拒否されていやがる。

 舐めるのは良いけど、舐められるのはダメらしい。

 船長は、僕と〈リク〉を舐めて、その流れで、女将さんも舐めようと画策(かくさく)したらしい。


 ものの見事に、拒絶されやがった。バカが。思い切り、笑ってやろう。

 ただ、コイツは恥知らずで、蛇にみたいに執念深い。まだ諦めてないと思う。


 船長に舐められるは、ものすごい恐怖体験だから、僕達は慌てて店を逃げ出した。


 〈リク〉と帰る時に、女将さんに舐められたのは、絶対誰にも言わないと誓い合う。

 船長に舐められたこともだ。人生の大きな汚点だと感じる。


 〈リク〉は、少し寒いのか震えているようだ。女将さんに、実質キスされたからな。

 僕も背中が寒い。おっぱいを当てて温めて欲しいな。

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