第402話 伯爵様はウブ

 懸念していたことが、片付いたので、もうお暇(いとま)しよう。

 ここに長くいるのは、危険で危ない。抗争に巻き込まれたら、どうすんだ。


 「〈ラオ〉さん、色々とお世話になりますが、よろしくお願いします。僕達の目的は果たせましたので、帰りますね」


 「あっ、もうお帰りですか。それはないですよ。英雄が来られているのに、何も、もてなさずに帰せません。お酒の返礼も、なしでは済まされないです」


 わぁ、圧が強い。僕を逃がさないって感じを受けてしまう。

 僕を酔わせて、何をするつもりなんだ。


 「そんなに、気にして貰う必要はありませんよ」


 「そうはいきません。このままでは、《新ムタン商会》の沽券(こけん)に関わります」


 うー、お礼なのに、どうして、そんな怖い顔になるんだ。


 「若領主、商会の顔を潰すのは、ひでぇ悪手だと思うぜ。これからも、世話をかけるんだぁ。親睦を深めなくちゃいけねぇぜ」


 「俺達の顔なんて、いくらでも潰して貰って結構です。だが、船長さんの言われるように、絆(きずな)を深めたいんですよ。《ベン島》で繋がったこの縁を、大切にしたいと思っているんです。俺達にとって、《ベン島》は、特別なものなんです」


 あぁ、船長が要らないことを言いやがった。

 偉そうなことをほざいたが、どうせ、タダ酒とおっぱいが、目的に決まっている。

 商会の頭に、あんなことを言われたら、もう断れないじゃないか。


 「でも返礼は、ちょっとだけで、良いですよ」


 「はっはっ、俺達が頑張っても、たかが知れています。心配する必要はありませんよ」


 僕と〈リク〉と船長は、二階に連れて行かれた。

 元奴隷の人達は、商会の寮のような場所へ向かったようだ。

 〈アィラン〉君と、黄色いおばちゃんも一緒だ。


 ただし、もう「おばちゃん」は黄色じゃない。

 普段の服に着替えて、「茶色い奥さん」になっている。思った以上に、普段は地味なんだ。


 でも、〈ソウ〉さんの腕に絡みついていて、おっぱいを押し付けている姿は、キラキラしていると僕は思った。

 野に咲く花のように、小さくて華やかではないけど、奥さんの笑顔はとても綺麗なんだ。

 〈ソウ〉さんは、真っ赤になって照れているけど、奥さんの腰に回した手には、思い切り力が入っている。


 二人が個室で泊まれるように、〈アィラン〉君に金貨を一枚渡しておいた。

 「ガキのくせに、分かったようなことをするな」と、二人が怒っても、そんなことは全く気に留めない。

 僕は、伯爵様で領主なんだから。


 〈アィラン〉君は、「任せてください」と大きな声で言いながら、《ベン島》の集団を全速力で追いかけていった。

 そして、直ぐに見えなくなる。嬉しくて身体が、勝手に動いてしまうのだろう。


 さて、問題は二階の僕達だ。

 二階の明かりは、赤くて薄暗くて、とても妖しい。

 エロティックな空気を、これでもかと演出しているぞ。


 大きな部屋は、衝立(ついたて)で数区画に別れているが、今は僕達しか客はいないようだ。

 ふかふかのソファーに座らされて、両脇には際どいドレス姿の若い女性が、僕の身体に密着している。


 黄色いおばちゃんと違って、この女性達は、艶やかな夜の花に変っているようだ。

 〈リク〉も船長も、同じようにソファーに座っている。

 船長は、注がれたお酒をガバガバ飲んで、女性の肩に手を回してやがる。

 顔は、だらしなく崩れて、超ご機嫌の様子だ。


 船長のだらしない顔は、ひっくり返った亀の腹の模様に、そっくりだな。

 皺が亀甲型に近いんだ。要は気持が悪い。


 〈リク〉は、ピクリとも動かず不動の姿勢だ。真直ぐに虚空を見詰めている。

 船長も危ないけど、〈リク〉も危険な感じがするな。


 「《ラング伯爵》様、ここは自分の家と思って寛(くつろ)いでください」


 こんな家が、あるわけがない。

 両脇の女性からは、お化粧の匂いが強くするし、おっぱいも押し付けられている。

 〈チァモシエ〉嬢とは、また違った危険な感じだ。これを見たら、許嫁達は何て言うかな。

 考えただけで、フツフツと汗が湧いてくる。手汗で、手の平がドボドボだ。


 「はぁ、出来るだけ寛ぎます」


 「あははっ、伯爵様はウブなんだ」


 〈ラオ〉の横に座っている女性が、笑いながら僕をからかってくる。


 この女性は誰なんだろう。

 身体を包んでいるのは、ボディラインが浮き出るような、ぴっちりとした赤いドレスだ。

 おまけに深いスリットから、スラっとした足が、太ももまで見えている。

 もう少しで、下着まで見えてしまいそうだ。

 大人の女性の成熟した色気が、ぷんぷんと匂ってくるぞ。


 でも、値踏みをしてそうな冷静な目が、とても危険だと思った。

 手を出したら、ただでは済みそうもない。きっと、少しくらいのお金では解決しないだろう。

 僕の経営している店を、全て盗られてしまいそうだ。


 「〈ミオ〉、伯爵様をからかっちゃいけないな。大切なお客様なんだぞ」


 「うふふ、〈ラオ〉、分かっているわよ。こんな場末の店に、英雄様が来てくれたんだ、うちの店も箔(はく)がついたよね」


 「あっ、ここへ来たことは内密に願います」


 僕が頼もうと思ったけど、〈リク〉の方が早かった。そして、汗を滝のように流しているぞ。

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