第403話 足を組み替える
「《リィクラ》卿も《ラング伯爵》様も、ご心配いりません。ここにいる者達には、全員厳しく口止めをしています」
ただ、〈ミオ〉はウインクしながら、「他の人達も見ているわ」と小さな声で呟(つぶや)いた。
年上なのに、小悪魔みたいなお茶目な仕草が、僕の背中をゾクリとさせる。
この人は、本当に危険だ。心のサイレンが、狂ったように鳴り響いているぞ。
「〈ラオ〉さんよ。手土産の酒をちょっと飲まねえか。俺も味見がしてみてぇんだ」
「そうですね。珍しいお酒ですから、《ベン島》の取り持つ縁に、乾杯しましょう」
僕達は、透明なグラスに注(つ)がれた、琥珀色の酒で乾杯した。
乾杯の発声は、僕がすることになり、また〈ミオ〉が笑っている。
少し挙動不審(きょどうふしん)にはなったけど、笑いをとれるほどのことじゃなかった。
〈ミオ〉は、どうして、僕に笑いかけるのだろう。
僕の目の前で、足を組み替えるのから、太ももの奥が見えてしまう。
下着の色は、予想通りの黒だった。僕が見ているのが分かって、笑ったのだろう。
僕があっさりと誘導に引っかかったので、可笑しかったのだろう。
初心(うぶ)な僕をからかって喜んでいる、性悪女なのかも知れない。
「船長さん、このお酒はとっても美味しいわ。それに強いのね」
「ヒィヒィ、〈ミオ〉ちゃん、俺と一緒でつえぇんだ。それに舐めたら、味も良いんだぜ」
バカ船長が。死ぬほど下品だ。
「《ラング伯爵》様、このお酒は良いですね。こんな席で申し訳ないのですが、売り先は決まっているのですか」
「売り先っていうか。うちの御用商人に、任そうと思っています」
「伯爵様でいらっしゃるから、そうですよね。こんなお願いは、失礼だとは思いますが、私の商会にも売って頂けないでしょうか」
「へぇー、どうしてなんですか」
「一つは、このお酒が大変良いものだということです。酒精(アルコール)の度数も高くて、うちの商売に合っています。二つ目は、うちは新参者ですから色々な妨害があるのです。今、お酒の仕入れが綱渡りなんですよ」
「へぇー、《インラ》国からの輸入だから、結構値段がするよ」
僕は試しに、〈チァモシエ〉嬢から買った値段の、倍の額を言ってみた。
「まあまあ、しますね。でも、この品質で外国産なら、高くはないですね。ぜひとも売って頂きたいのですが、いかがでしょう」
また、「いかがでしょう」が出たな。
倍の値段だったのだが、流通経路をすっ飛ばしているから、そんなに高くないのか。
これは、〈ラオ〉に恩を売れるし、僕も儲かる。
〈チァモシエ〉嬢も、泣いて喜ぶだろう。僕の胸で。
そして、薄い胸はどんな感じかな。薄いと感度が、良いと聞くぞ。
「ヒィヒィ、良いでしょう。〈ラオ〉さんに売りましょう」
いけない。
笑い声が、船長の卑猥(ひわい)な声に、似てしまった。僕は、どうしてしまったんだろう。
「あっ、ありがとうございます。これで、枕を高くして寝れます」
「《ラング伯爵》様は、すごい男だね。うちの窮地(きゅうち)を、ついでみたいに軽く救ってくれたよ。英雄って言われるはずだわ」
英雄って。《新ムタン商会》にとっては英雄なのか。まあ、よいしょをしてくれたんだろう。
夜のお店のプロなんだから、おだてる能力も高いわな。
クスクス笑いながら、また〈ミオ〉が、足を組み替えている。
足を高く上げて、ずいぶんとゆっくりした動きだ。奥の方まで、はっきりと見えるぞ。
下着に目が行く英雄か。英雄、色を好むと言うしな。ハッキリ黒だ。
わざとらしいけど、チラリズムには完敗だ。目が離せない。
「おぅ、若領主、良かったな。ちっちゃいパイオツと、逢引きする理由ができたなぁ」
「はぁ、船長、人聞き悪いことを言うな。僕は、もう《インラ》国には行かないよ」
「ヒィヒィ、どうだかな」
「あははっ、《インラ》国の奴隷は、ちっちゃいんだ」
〈ミオ〉が、今度は僕の方へ身を乗り出して、伸びをし出した。
おっぱいを前に突き出して、小さくないことを僕に見せているんだろう。
当然、僕はおっぱいに釘付けだ。
良いように遊ばれている気もするが、もっと遊んで欲しい気しかしない。
プロって、こういうことなんだろう。
船長は調子に乗って、両脇の女性のおっぱいに手を伸ばしている。
その姿はまるで、スッポンモドキだ。両脇のおっぱいを見るため、両目が飛び出しかけている。
何とも言えない不気味な、爬虫類へ後退したんじゃないかな。
本能がむき出しだ。
ただ、〈リク〉は姿勢をまだ崩していない。強張った顔で、宙を睨んだままだ。
〈カリナ〉が、そんなに怖いのか。
でも、僕も〈リク〉とあんまり変わらない。
〈ミオ〉が、足を組み替える度に、太ももの奥の暗がりを見定めようとしているが。
〈アコ〉と〈クルス〉と〈サトミ〉のことを、怖いとも思っている。
怒られるのが怖いのか。嘲(あざけ)られるのが怖いのか。悲しませるのが怖いのか。
怖さの特定は出来ないけど、怖いものは怖いんだ。
今まで深めた絆を、壊して良いとは決して思わない。
〈アコ〉と〈クルス〉と〈サトミ〉との関係は、僕には特別なものなんだ。
僕の隣にいる女性も、〈ミオ〉も〈ラオ〉も、いざとなれば《新ムタン商会》の仲間を優先するだろう。
この場で僕に、媚(こ)びを売っているのは、単なる金儲けだ。夜の商売に、甘さはないと思う。
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