第401話 狭い世界
「ふっふっ、《ラング伯爵》様、《新ムタン商会》にようこそ。俺は商会を主宰している〈ラィオア〉というチンケな者だ。まあ、気軽に〈ラオ〉と呼んでくださいよ」
大きな机に肘をついて、顎(あご)に手を当ててやがる。かっこつけてるな。
横幅はないけど、長身だ。隙がない、ビシッとした着こなしをしている。
髪をセンターで分けて、一見普通のイケメンだ。
ただ、目の奥がチリリと物騒で、頭がスパッと切れる感じが、一人の中に同居している。
インテリやくざという雰囲気が、一番近いと思う。
たぶん、やり手なんだろう。そして、容赦(ようしゃ)はしないんだろうな。
〈リク〉は僕の後ろで、直ぐ剣を抜けるように身構えている。
そして、僕はビビッて、チビリそうだよ。どうして、こんな所へ来てしまったんだろう。
「《新ムタン商会》の〈ラオ〉さん、始めまして、よろしく頼みます。もう一人見つかったみたいだけど、後ろの人達の家族を捜しているんだ。協力をお願いするよ」
僕は伯爵だから、「〈ラオ〉」って呼び捨てにしようと思ったけど、「さん」をつけちゃったよ。
周りに怖い顔の兄ちゃんが、ずらっと並んでいるし、とても怖かったんだ。
頼みに来たんだから、これで良いよな。
「えぇ、もちろんですよ。《ベン島》を奪還された英雄の頼みを、断るはずがありません。俺も《ベン島》の出なんです。その上、同胞を解放して頂きました。感謝しかありません」
この後、〈リク〉を始め、元奴隷の人達と怖い顔の兄ちゃん達も、挨拶を交わした。
怖い顔の兄ちゃん達は、しゃべるとそれほど怖くはない。
以前は《ベン島》で、暮らしていたのだから、元々は純朴な少年だったんだろう。
「俺は若領主の船の船長なんだ。お近づきの印に、酒を持ってきたぜ。ついこの間、《インラ》国から分捕(ぶんど)ってきたんだぁ」
「おぉ、噂の《インラ》国の奴隷ですね」
「はぁー、違いますよ。〈チァモシエ〉嬢は、僕の奴隷じゃありません」
「ふっふっ、これは失礼しました。〈チァモシエ〉様とは、良い関係を築いているのですね」
うーん、〈チァモシエ〉嬢と名前を言ったのは、失敗だったな。
変な勘繰(かんぐ)りをされてしまったようだ。まだ何もしていないのに、不当だと思う。
「単なる貿易の相手ですよ」
「ほお、貿易ですか。それと申し遅れましたが、手土産まで用意して頂いて恐縮です。《インラ》国のお酒は珍しいので、とても楽しみです」
僕と〈ラオ〉が話している間に、元奴隷の人達と怖い顔の兄ちゃん達が、すごく盛り上がっている。
こぼれたきた話の内容では、昔の顔見知りがいたらしい。
《ベン島》は、とても狭い世界なんだと改めて思う。
ただ良く考えると、《ラング領》も同じか。
十数人いれば、一人くらい知り合いがいてもおかしくない。
まあ、どちらも田舎ってことだな。
それで、元奴隷の人達のうち、半分の家族の消息がもう分かってしまった。
可哀そうなことだけど、すでに亡くなっている人もいるようだ。
皆に慰(なぐさ)められているけど、泣き崩れて立てない。
怖い顔の兄ちゃんも、一人、オンオンと貰い泣きしている。
故郷が同じだと、こんなにも暖かなんだな。
僕も少しだけ《ラング領》に帰りたいと思った。肌に感じる空気が、何か違うんだ。
引き続き《新ムタン商会》が、家族の捜索をしてくれることが決まった。
それは良いんだけど、一つ気になっていることがある。
「〈ラオ〉さん、解放された人達の仕事はあるのですか」
「うーん、あるにはあるのですが、人を選ぶのですよ。《新ムタン商会》は、この店が中心で、後は路上で少し花を売っているだけです。若い女性は需要があるのですが、男性の仕事は中々厳しいのです。あっても荒事をすることになります」
ひゃー、荒事って、縄張り争いとか抗争があるんだな。歓楽街にはつきものか。
暴力をふるうことを躊躇する人では、舐められて終わってしまうのだろう。
「そうですか。本人の希望が第一ですが。解放された人達は、《ラング領》に移住して貰う約束になっています。その時、《新ムタン商会》に属している家族も一緒に帰れるように、配慮をしてあげて欲しいのです」
「ふっふっ、《ラング伯爵》様、心配には及(およ)びません。家族を引き裂くような、まねはしないですよ。それに、《新ムタン商会》がそのことによって、被害を被(こうむ)ることは少ないと思います」
そうだろうな。
あの黄色いおばちゃんが、いなくなったとしても、お店には影響は出ないと思う。
戦力外だと、あの黄色いおばちゃんを、貶(けな)しているわけじゃない。
あの黄色いおばちゃんは、〈ソウ〉さんの奥さんであることが、一番しっくりしていると思う。
酔っぱらった男を、気持ち良くする夜の花に、変化しきれてはいない。
家庭の主婦であることを、引きずっているのが、僕にも分かった。
《ラング領》に移住して、〈ソウ〉さん一人を相手にすれば、もう切ない表情にはならないだろう。
作り笑いを、もうしなくて良いんだからな。
〈ソウ〉さんの背中を叩きながら、涙が溢(あふ)れるまで笑ったら良いんだ。
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