第394話 《ティモング伯爵領》の港

 《黒帝蜘蛛》の衝撃から、何とか回復したと思ったら、王宮の〈外事局〉から連絡が入った。

 

 〈外事局〉からか。僕の脳裏に、噂の元になった出来事が浮かんだ。また、変なことになるのか。

 ただ、秘書役の〈ソラィウ〉の話では、問題になりそうな案件ではないようだ。

 

 《インラ》国の《ティモング伯爵領》から、賠償の酒を取りにこいとの連絡があったらしい。

 すっかり、忘れていたな。でも、くれると言っているんだ。貰わなければいけない。

 貰わなかったら、秩序を乱したと、王宮から追及される可能性があると思う。

 まあ、売れば金になるんだ。お金は沢山ある方が、良いに決まっている。


 船長に連絡を取り、取りに行こう。ニトリだな。


 でも、学舎をこんなに休んでも大丈夫なのか。

 就職する必要は、ないから良いのだろう。卒舎証書だけ貰えれば良いんだ。

 最終手段としては、卒舎証書を金で買えないかな。

 それに、ストロベリーブロンドと、また会えるかも知れない。

 少し楽しみではある。


 「おぅ、若領主。《インラ》国へ突撃か。航路はバッチグーだぁ」


 ひゃー、化石だよ。「ばっちり」と「グッド」を合わせて、「バッチグー」らしい。

 ただ、「ばっちり」も、もう死語だろう。死語と死語とで、二千二十語だ。

 後数年だな。場合によっては、数年前か。ジャストもあるか。


 「何を言ってんだ。不穏ことは言うなよ」


 「ひひひィ、分かってるさぁ。ちいせぇパイオツの奴隷だろう」


 気持ちが悪い鳴き声を出すなよ。コイツは、昔トカゲに違いない。

 すごく原始的で、生きた化石と言われているヤツだ。


 「もう奴隷の話はするな。悪い噂が復活したら、どうするんだ。相手にも失礼だろう」


 もうこの辺で、死んだ化石になってしまえ。


 「出る杭は打たれる、って言葉があるぜぇ。若領主はよぉ、上手く行き過ぎてんだ。ダァンと打たれねぇように、ニョキニョキ伸びるしかねぇな」


 何が、ニョキニョキだ。てめえは、爬虫類らしく、ニョロニョロしとけ。


 《インラ》国の《ティモング伯爵領》へは、三日で着いた。

 《ラング領》から王都までより、ずいぶん近いぞ。

 《ラング領》は、外国へ行くより、とても離れているんだ。南の端って、言われるはずだな。


 《ティモング伯爵領》の港は、 《アンサ》の港より、一回り以上小さかった。

 王都じゃないのから、当然か。


 街並みは、木造で大きな屋根の家が目立つ。

 それにどこの家にも、屋根に立派な煙突が突き出ている。

 ここは北の国だから、冬を快適に過ごすために、大きな暖炉が必須なんだろう。


 港の桟橋を陸の方へ歩いていくと、ストロベリーブロンドが待っていた。

 残念なことに、今回は薄衣姿じゃない。普通の服を着ている。

 これではダメだ。アンダーのストロベリーブロンドが、透けてないじゃないか。

 頭髪のストロベリーブロンドしか見えやしない。期待を裏切られてしまったよ。

 まあ、奴隷ではないのだから、期待する方がおかしいのだろう。


 「《ラング》伯爵様、お久し振りです。物納のお酒を用意しました。ただ、前に言ったとおり。一度では、完納が出来ません。分納でお願いします。一回払いでは、《ティモング伯爵家》が存続出来なくなりますので、ご了承願いますね」


 《チァモシエ》嬢は、相変わらず細い。力を入れて抱きしめたら、ポッキリ折れてしまいそうだ。 

 〈アコ〉とは、真逆のタイプだと思う。かと言って、〈クルス〉とも違う。

 〈クルス〉は、力を込めて抱いても折れなかったし、付くところには、ちゃんと脂肪がついている。


 「《チァモシエ》様、お久し振りですね。またお会い出来て嬉しいです。分納は認めていますので、問題ありませんよ」


 船長が僕の後ろで、ニヤニヤしてやがるので、手でシッシと追い払ってやる。

 化石のくせに、野次馬根性が旺盛だ。てめえは、馬じゃなくてトカゲなんだよ。


 船長は「趣味じゃないな」って、ど失礼なことをボソッと呟きながら、船の方へ歩いていった。

 呆れて何も言えないよ。


 「ありがとうございます。それでは、早速積み込みを始めます」


 《チァモシエ》嬢は、配下へテキパキと命令を出している。

 有能そうだけど、言葉の無駄がなさ過ぎて、冷たい感じをうける。

 顔が整っていることも、冷淡な印象を増大させているな。

 北の国のクールビューティーってとこか。


 こんな娘が、もし蕩(とろ)けてデレたら、ギャップがすごいんだろうな。

 許嫁達とは、全く違うカテゴリーの美女だと思う。


 〈深遠の面影号〉の船倉へ、お酒が入った木箱の、積み込みが始まった。

 簡単な滑車と台車を使って、船に積み込むようだ。これは、結構時間がかかりそうだ。


 「《ラング》伯爵様、この船は大きいですね。こんな大きな船を、私は見たことがありませんわ」


 「〈深遠の面影号〉という名前です。大きくて頑丈な、僕の自慢の船なんですよ」


 父親が残してくれたものとは、言わないでおこう。

 《チァモシエ》嬢の父親を、僕が討ち取ったことを強調してしまいかねない。


 「自慢なのですね。我が家も少し前まで、大きな船を所有していたのです。でも…… 」


 僕が鹵獲(ろかく)して、海方面旅団に貸し出している船のことだろう。

 《チァモシエ》嬢の顔が、曇ってしまった。嫌なことの連想が起きたようだ。

 あの船は、《チァモシエ》嬢の自慢だったらしい。

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