第391話 ちゃんと洗ったのですか

 「先生の夢に出られたのは、大変光栄です。もっと出られるよう、頑張ります」


 自分で言って、あれだけど、僕は何を頑張るのだろう。

 たぶん、女性経験なんだろうな。違うか。先生の琴線に触れる、英雄的な行為が正解なのか。

 命がいくつあっても、足りそうにないや。


 「〈タロ〉君は、先生の夢を、もっと、もっと埋めてください。先生のめくるめく夢の世界に、招待するわよ。うふん」


 先生の夢は、深い穴なのか。たぶん、底なしの穴なんだろう。それで、ジトッとしていると思う。

 おまけに、何かをめくるのか。スカートだけじゃないはずだ。


 ハッキリと分かるのは、それに取り込まれたなら、二度と戻ってこれないってことだ。

 それなのに、僕を招待するのか。先生は、怖いお人だ。

 これ以上深く係わるのは、危険だと分かっているけど、リュートの弦をつまびいてしまう。

 それも先生が見ている前でだ。先生が、ブルリと震えた。




 今回の休養日は、館でのんびり過ごすことになった。

 許嫁達が、何もしたらいけないと、厳しく言ってきたんだ。

 いつもの休養日も、これと言ったことは、してないのにな。

 おっぱいとお尻を揉んでいるだけだ。


 午前中は、〈ベート〉の店で〈サトミ〉に服を買ってあげた。

 誂(あつらえ)になるから、着れるのはちょっと先だけど、可愛い感じになると思う。

 その足で、鞄も買ってあげた。〈アコ〉と〈クルス〉に買ったヤツと同じ、大小二つの鞄だ。

 〈サトミ〉は、「使う時がないよ」と渋っていたが、不公平は良くない。


 無理やり購入して、お礼を言わせた感じになったのが、少し気がかりだ。

 〈サトミ〉が、心から良かったと思えるように、使う場面を用意する必要があるな。


 昼食後は館の僕の部屋で、三人と僕で、まったりと過ごしている。

 有名な店で買った、お高いお菓子を、摘まみながらだ。サクサクして軽いぞ。


 お菓子の方は、〈サトミ〉も手放しで喜んでいる。美味しい、美味しいと、笑顔が爆発だ。

 ちょっと、お菓子の粉は飛んでくるけど、〈サトミ〉の笑顔には勝てない。僕も笑顔になる。

 ただ、〈サトミ〉は色気より、食い気か。花より団子だな。

 まだ、お子ちゃまなんだ。


 「〈タロ〉様、手を見せてください」


 〈アコ〉が、眉間に皺を寄せて、僕の手を引っ張った。


 「手がどうしたの」


 「これを見てください。爪の中に、まだ泥が残っていますわ」


 「はぁ、ほとんど残ってないよ」


 「ふん、〈タロ〉様、ちゃんと洗ったのですか。もう大人なんですから、しっかり洗ってくださいよ」


  僕も、お子ちゃま扱いだ。


 「えぇ、ちゃんと洗えているだろう」


 「〈タロ〉様、お言葉を返すようですが、こことここに、泥が残っています」


 〈クルス〉も、僕の手をとって、小姑みたいな冷たい声で言ってくる。


 「あー、こっちの手には、三か所も泥が残っている。〈タロ〉様の洗い方が良くないんだね」


 〈サトミ〉まで、もう片方の手をとって、洗い方のダメ出しをしてくる。

 お子ちゃまに、洗い方の注意をされてしまった。僕は、赤ちゃんなのか。


 「はぁ、とにかく、泥だらけだったから、しょうがないんだ。それに、ちゃんと洗っているよ。少しくらい残っていても、何も問題はないぞ」


 「いいえ。問題がありますわ。今も泥がついた手で、お菓子を食べていましたわ。不衛生ですわ。病気になったら、どうするのですか」


 〈アコ〉が、目を吊り上げ気味に、大きな声を出してくる。

 こんなことで、怒られるのか。トホホだよ。

 まったりとした午後のティータイムは、何処(いずこ)へ。


 「ふぅ、分かったよ。手を洗ってくるから、それで良いだろう」


 「良くないですわ」


 「えぇー、それじゃどうするんだよ」


 どうでも良いことなのに、ちょっと、〈アコ〉がしつこ過ぎる。

 それに、洗うと言ってるに、これ以上どうするんだよ。イライラしてきたぞ。


 「私達が、綺麗に洗って差し上げますわ」


 「へっ、私達ってなんだよ。洗面所は、四人もいたら狭すぎるよ」


 「洗うのは、お風呂で、ですわ」


 〈アコ〉が、ドヤ顔でキッパリ言うのは、なぜだろう。


 「〈タロ〉様のことだから、爪以外にも、きっと洗い残しがあると思うな」


 僕は、こんなにも〈サトミ〉に、信用されていないのか。


 「お隣の家の改修が終わったので、〈カリナ〉さんが、お風呂はまず〈タロ〉様に入って頂きたいと仰っていました」


 はぁー、僕が改修費用を出したので、一番先に入れというのか。

 それとも、僕が主人だからか。王都では、こんな風習があるのか。

 王都なのに、何か、田舎の風習にありそうなヤツだな。


 「分かりました。はい。入らせて頂きます」


 ほぉ、この家のお風呂は、結構な大きさだ。前に住んでいた人の拘(こだわ)りなんだろう。

 やっぱり水回りは、家の中で一番痛みやすいので、全面的に改修したようだ。

 新しくなった壁や、浴槽の木が香(かぐわ)しい。


 浴槽も、足が伸ばせるくらい広々としている。これは、すごく良いお風呂だ。

 「ふー」と大きな息が出て、疲れがお湯に、溶けていっている。

 〈リク〉と〈カリナ〉には、もったいない。

 二人に渡すのを止めて、、僕が住みたくなってきたよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る