第389話 イメージトレーニング
「《ラング伯爵》様、私は〈レィイロ〉と申します。この度は夫婦共々雇って頂き、誠にありがとうございます。誠心誠意、勤めさせて頂きます」
「妻の〈ルメータ〉で御座います。身重にもかかわらず、雇って頂き感謝いたします。精一杯、ご奉公させて頂きます」
うぅ、性、一杯、ご奉仕って、どういう意味だ。
夫の前で、言っちゃいけない、言葉じゃないのか。
「やあ、始めまして。同い年なんだから、堅苦しいのは止めようよ」
「そう言われましても。住居まで用意して頂いた恩人に、ぞんざいな言葉は使えません」
「まあ、仕方がないか。徐々に慣れてくれたら良いよ」
「はい。出来るだけ早く、戦力になれるよう頑張ります」
「よろしくな。でも、優秀な人なのに、うちみたいな弱小商店で良かったの」
「いいえ、弱小なんて、とんでもないですよ。私達は退学していますので、拾って頂いただけでも、望外の喜びです。それに、《ラング伯爵》様は英雄ですし、《ラング領》の噂も少しだけ知っています。これからが楽しみの領地だと、聞いています」
「ほぉ、そうのなか。そんな噂があるの」
「そうなのです。《赤鳩》でも、《ラング伯爵》様は、良く噂になっていました。英雄でカッコ良くて、経営も凄腕の、完璧な人だと言われています。お顔を拝見して、その通りだと確信いたしました」
おぉ、褒める。褒める。ゴマのすり方も優秀だな。
でもこの人妻。危ないな。じっと目を見ながら、褒め倒されると、クラっといっちゃいそうだよ。
お腹が大きいと知ってなかったら、危なかったと思う。
「ははっ、噂って大袈裟なんだ。それほど、大したことはないよ」
「でも、今回は《黒帝蜘蛛》を討伐されました。これは偉業以外の何物でもありません。雇われている私達も、誇らしい気持ちになります」
「大袈裟だな。まあ、良いか。二人とも、ゆっくりで良いので、よろしく頼むよ」
「はい。承知いたしました」
駆け落ち夫婦は、堅苦しいまま、部屋を出ていった。
最初は、こんなものかな。やっと、生活基盤が整うとしているんだ。
間違っても、僕を怒らせたくないのだろう。きっと、時が解決してくれるはずだ。
まあ、堅苦しいままでも、問題になるわけじゃないしな。
逆に親密になって、人妻の身体が柔らかくなったら、それは大きな問題だ。
修羅場になるかも知れない。だから、固いままで良いと思う。
ただ、僕の噂か。知ってはいたけど、改めて聞かされると、心がざわつくぞ。
あの場では言われなかったけど、悪い噂もあるんだろうな。
学舎の講義が再開された。十日以上の休みになったけど、補講はない。
これが《黒鷲》の良いところだ。《青燕》と違って、学習の内容はあまり気にされていない。
入学して、卒業することに意義があるんだ。まあ、ブランド価値しかないってことだな。
有難いことだよ。
「二年生の生徒諸君。先の討伐演習では、大変な目に合わせてしまって、申し訳ない。ただ、想定外の事態であったので、学舎の責任ではないんだよ」
おぉ、武体術の再開の授業は、開口一番言い訳なんだな。
確かに、しょうがないとは思うけど、学校はどこの世界でも、責任逃れを優先する気がする。
組織の存続を優先することから、逃れられない体質なんだろう。
《大泥ウサギ》以外の魔獣に遭遇したことは、長い伝統の中で、記録にもないと繰り返していた。
前例がないから、予見出来なかったと言いたいのだろう。
《黒帝蜘蛛》が《アンモル山》から、なぜ降りてきたかは、調査中という定番の答えだ。
まあ、死亡者が出なかったので、この程度の説明で流されていくのだろう。
「今日の授業は、運動ではなくて、思いを描(えが)く訓練を行う」
「先生、思いを描く訓練とは何ですか」
一組の名前を思い出せない生徒が、質問をしている。
確かになんのことやら、分からないな。
「良い質問だ。何かしようとする時、より良い結果を頭の中で、想像すると言うことだ。良い結果を想像出来ると、実際に行った時に、良い結果に結びつくと言う方法論なんだよ」
なるほど、イメージトレーニングを行うってことか。
良いイメージを想起させて、討伐演習での悪いイメージを、払拭(ふっしょく)させようっていう腹か。
考えているな。
「へぇー、そうなのか」
「僕は、いつも悪い方へ考えちゃうんだ」
「そうなんだ。どうしても、人間は悪い方に考え勝ちだから、それを直す授業なんだ。それでは、剣術の試合で、相手に完勝することを想像してくれ」
生徒達は、「うーん」「普通に負けちゃったよ」とか言いながら、結構真面目に想像しているようだ。
二組の生徒は、この前の試合で想像外の幸運で勝ったから、あれ以上は無理だろう。
でも、横から〈ソラ〉の「五人抜きだ」という声が聞こえた。
コイツは、何とも、ものすごい想像力の持ち主だな。完敗だよ。
僕は、〈アコ〉と〈クルス〉と〈サトミ〉が、看護婦さんのコスチュームで、尿瓶(しびん)を使わせてくれる場面を想像した。
三人とも手を筒状にして、僕のあそこを優しく導いてくれたよ。
「もお、大き過ぎて、尿瓶の口に入らない」って、プンスカ怒っているのが可愛いぞ。
ちょっと、おしっこがしたかったので、変な方向に思考が飛んだんだ。
少し変態的だが、これもありだな。
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