第388話 記憶にない

 〈アル〉〈フラン〉〈ソラ〉〈ラト〉〈ロラ〉達とも、抱き合ってお互いの無事を喜んだ。

 皆は、擦り傷程度で元気な様子だ。他の人も、大きな怪我はしていない。有難いことだな。


 二組の皆の顔は、結構明るくて、じっとしているのが苦痛みたいだ。

 暇でしょうがないと、ブツブツ文句を言っっている。

 僕みたいに、可愛い許嫁がお見舞いにこないから、マジで可哀そうだよ。

 おっぱいも、お尻も揉めないんだろう。敗者め。ウハハハッ。

 

 ただ、僕の倍の十日間の入院だ。気絶していたから、大事をとるのだろう。

 それと、《黒帝蜘蛛》の糸に、絡め取られた後の記憶は、何もないようだ。

 糸に何かしらの魔法が、かかっていたのだろうか。


 でも、あまり記憶がないことが幸いして、精神へのダメージは殆(ほとん)どないらしい。

 知らぬが仏とは、こう言うことなんだろう。知っている僕の方が、ダメージが多い気がする。


 そうそう、〈ラト〉もことも分かった。


 アイツ、あの時まだ宿舎にいて、下痢でトイレに籠(こも)っていたそうだ。

 お尻を出したまま、糸に絡まっていて、大恥をかいたと笑っていた。


 「尻は拭けてたか」と聞いたら、「記憶にない」と偉そうに言ってたので、二人とも大笑いだ。

 アイツは、これを鉄板ネタにしようとしているらしい。

 ただ何回も笑いを取るのは、無理じゃないかと思う。せいぜい、二回だな。


 今回のことで、また僕は英雄と言われているようだ。

 結果的に、たった一人で《黒帝蜘蛛》を討伐してしまったからな。

 倒し方も、知恵を駆使した天才的な方法だと褒められた。


 蜘蛛型の魔獣だったので、気門で呼吸してたんだろう。

 アブラムシを中性洗剤で駆除するのと、原理は同じだ。

 まあ、いずれにしても、運が良いとしか言いようがない。

 少しでも歯車がずれていたら、あっさり食われていたと思う。


 それと、今回魔獣を討伐したけど、スキルは、第三段階には成長しなかった。

 魔獣が一・五頭では足りないんだろう。


 それから、学舎長と担任の先生と武体術の先生が、見舞いに来られた。

 見舞いと言うより、お礼だな。


 生徒達の命を救ってくれたと、深々と頭を下げられたので、大弱りだ。

 君は《黒鷲学舎》の救い主だと、《黒鷲学舎最優秀栄誉賞》というメダルも授与されたよ。

 この賞は本来、卒舎時に一番優秀な学舎生に、与えられるものらしい。

 これがあれば、就職先は選び放題と言うことみたいだ。

 でも、僕は領主だから、どこにも就職はしないんですけど。


 僕は五日経って、張れて退院となった。でも、学舎はまだ休講中だ。

 後五日経たないと、他の生徒が復帰してこないからな。

 仕方がないので、僕は溜まっている執務をこなすことにする。

 〈南国果物店〉に、渋々向かおう。


 〈リク〉と〈カリナ〉は、僕の無事を涙ながらに喜んでくれた。

 〈リーツア〉さんらの従業員も、嬉しそうに店の前でお出迎だ。

 また、ほっとする瞬間を貰ったよ。安心で温かな日常が、段々僕に戻ってくる。


 〈リク〉は、《黒帝蜘蛛》との戦闘を執拗に聞いてきた。

 「石鹸もどき」をかけただけなので、話に面白味はないのにな。

 武術好きというか、戦闘民族なんだろう。


 ただ、さすがは武芸の達人だ。糸をどうしてかわせたのかを、何回も聞いてくる。

 スキルを隠しているので、曖昧な返事しか出来ない。

 質問は上手くかわせなかったのか、「やはり特別な星の元に、お生まれなったのですね」と分かったような。良く分からないことをほざいていた。


 まあ、子爵家に転生しただけで、充分特別だからな。


 話を切り替えるために、〈カリナ〉に家のことを聞いてみた。

 買い取った隣の家は、改修作業が急ピッチで進められているらしい。

 家の状態は悪くなかったので、もう直ぐ終了するようだ。

 それと、駆け落ち夫婦の面接は終わって、もう見習いで店に出ているとのことだ。

 僕の都合が良ければ、明日にでも挨拶をさせるらしい。

 学舎が始まる前に、出来ることはなるべく済ませておこう。


 青燕の夫は、〈レィイロ〉という名前で、中規模の商店の子供らしい。

 がり勉のくせに、中々良い身体をして、顔も及第点だ。これは、モテるわ。

 そういうヤツだ。少し反発心がわいて、冷たい対応になってしまう。

 でも、しょうがないだろう。気持ちは分かるよな。


 赤鳩の妻は、まだ十代なのに妖艶な感じだ。

 それに、大きな商店のお嬢様って感じにも見える。

 実際に、実家は大商店なので印象どおりだ。

 妖艶なのに、お嬢様。相反するようだけど、これが両立している顔なんだ。


 妖艶に見えるは、口元にあるほくろと、じっと見詰めてくる目にあると思う。

 たぶん、視力が弱いんだろう。それで、相手の目を見詰めて、誤解を与えてしまうんだな。

 危険な人妻だよ。


 お嬢様に見えるのは、おっとりとした話し方で、世間知らずな感じがするからだ。

 ちょっと口説いたら、何とかなるような隙があると思わせてしまう、純な雰囲気を持っている。


 また困ったことに、唇が何とも言えない動きなんだ。

 唇をキュッとすぼめる癖が、いけないのか。

 唇を時々舌でしめらせて、濡らしているのがダメなのか。


 ハッキリと言えるのは、《青燕》の真面目な学舎生が、後先考えずに抱いてしまう女だということだ。

 これでは無理もない。

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