第384話 採取マシーン

 「〈ソラ〉、《深泥イモ》の採取にかかれ」


 〈ソラ〉は、指示通りに動き出した。

 コイツは、何の疑問も自分の判断もなく、言われたとおりにするな。

 何かの装置みたいだよ。


 〈ソラ〉が、えっちらおっちらと、イモを採取していると、《大泥ウサギ》が作戦どおり邪魔をしにきた。


 「〈ソラ〉、《ウサギ》を突け」


 〈フラン〉が、良いタイミングで命令を下した。

 ただ、キャッキャッと笑っているのが、どうなんだが。


 《大泥ウサギ》は、予想を裏切って、奥の方じゃなくて真横に飛んで逃げた。

 〈ラト〉の頭を踏み台にして、空高く舞い上がっている。

 目にも鮮やかな、後方宙返りが決まったな。百点満点だ。


 〈ラト〉は、泥にいるカエルの様に、「ムギュ」と低く鳴いた。

 〈フラン〉は、「泥ガエルが鳴いた」と、今度はゲラゲラ笑い出した。

 〈ラト〉は、泣きそうな顔で、手に残ったハートの葉っぱを握りしめている。

 

 惜しいな。

 その葉っぱを頭に乗せ「ゲコッ」と言ったら、大爆笑を勝ち取れたのに。バカなヤツだ。

 鉄板だろう。


 他の作戦を思いつかなかったので、それからも、この大討伐作戦を何回か行った。


 《大泥ウサギ》が、邪魔しに来ない時もあったし、採集を〈ラト〉以外がやっても、上手く行かない。

 なぜか、《大泥ウサギ》は、〈ラト〉と〈ソラ〉の方ばかりへ逃げてしまうんだ。

 上手く、間をすり抜けることも多い。


 一頭取れれば良いと言われたが、これは0頭の予感がヒシヒシとするよ。

 僕達は疲労困憊になって、宿舎に帰った。一組も成果がないのが、何よりの慰めだ。

 疲れた身体を引きずり、風呂に入って、泥のように眠った。

 もちろん、夕食は《深泥イモ》だ。味気のない生活だよ。


 その後も、《大泥ウサギ》の討伐は、全く進まなかった。

 惜しい時もあったのだが、もう一歩のところで上手く行かない。

 五日ほど過ぎると、僕達の体力と気力は、目に見えてなくなっていた。

 最初から、やる気はなかったし。


 今は、惰性で《深泥イモ》を、無言で採取しているだけだ。


 《大泥ウサギ》も、僕達の変化に気づき、何人固まっていようと、邪魔をするようになってきた。 

 舐められているってことだな。


 僕達は泥の海での生活に、心をすり減らして、消耗してしまったようだ。

 体力も尽きかけて、身も心も、変調をきたそうとしている。

 《大泥ウサギ》の討伐は、無理ゲーだと分かって、今はないものとしている。


 僕達は、《深泥イモ》採取マシーンに成り下がったんだ。

 機械的に、のろのろとハートの葉っぱを引っ張る、壊れかけの農機具のようなもんだよ。

 はぁー、これではいけない。いけてないぞ。


 「〈アル〉〈フラン〉〈ソラ〉〈ラト〉〈ロラ〉、もう一度、大討伐作戦を決行するぞ」


 「〈タロ〉、もう諦めようよ」


 〈ソラ〉が情けない声で、吐き出すように言った。同時に、口に入った泥も吐き出している。

 コイツは、ひょっとしたら、この泥も食っているのか。とんでもないヤツだな。


 「もう、疲れて動きたくないよ」


 〈ラト〉も泣きごとを言っている。泥の上でも構わずに座ってやがる。

 お尻は、漏らしたようにドボドボだろう。


 「〈タロ〉、もう討伐は無理だよ。僕達は頑張った方さ」


 〈アル〉は、空を見上げて、しかめっ面をしている。

 まさかとは思うが、ニヒルだと思ってないよな。

 自己陶酔(じことうすい)した、単に気持ちが悪いガキだ。


 「〈タロ〉君、僕も諦めかけていたけど、君が正しい。討伐出来るまで死力を尽くそう」


 うーん、拳を握りしめて気合が、入り過ぎているぞ。

 顔を真っ赤にして、やる気に満ちている感じだ。

 空回りしている感があって、見てる方も恥ずかしい。見ないようにしよう。


 一番最初に何か言いそうな〈フラン〉が、黙っているな。どうしたんだろう。

 目をギュッと瞑(つむ)って、考えているようだ。でも、考えている時間が長すぎるぞ。


 「〈フラン〉、いつまでも考えていないで、お前の意見はどうなんだ」


 「えっ、うん。〈タロ〉の言うとおりだ」


 〈フラン〉は、目を瞬かせて、少しピントが外れてことを言っている。

 周りをキョロキョロ見てるし、どうもコイツは居眠りしてたな。

 泥の中で立ったまま眠るとは、器用なヤツだ。

 あっ、三本目の足が大きいから、安定するってことか。嫌味なことをしやがる。


 「皆の意見は分かった。それじゃ、〈フラン〉を中心に円になれ。今度は半径三mで行くぞ」


 「えー、横暴だ」


 「意見を何も聞いてないじゃないか」


 「なんか、だるいよ」


 などと、五月蠅いヤツが三人ほどいたが、どうでも良い。

 《深泥イモ》採取マシーンから、成り上がってやるんだ。

 皆が渋々ながら、位置についたので、〈フラン〉に指示を飛ばす。


 「《深泥イモ》を採取してくれ」


 「はーい。分かったよ」


 〈フラン〉が、イモを採取し始めると、《大泥ウサギ》は跳んでやってきた。

 〈フラン〉は、イモをパッと離すと、イモを咥えようとした《大泥ウサギ》を槍で突き刺そうとした。


 こんなに早いタイミングで突かれるとは、思ってなかったのだろう。

 僕達の生気がないので、油断もしていたのだろう。

 文字通り、隙(すき)を突かれた《大泥ウサギ》は、突きをかわすために、大きく態勢を崩している。

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