第383話 《深泥イモ》

 「早く、《深泥イモ》を採取しろ。メシ抜きになるぞ」


 先生が、悪魔のような指示を飛ばしてくる。泥の海が、怨嗟(えんさ)に包まれた瞬間だ。

 僕達は、悲しき犯罪奴隷だ。この泥の海に、屍(しかばね)を晒(さら)すのだろう。


 やけくそになって、《深泥イモ》に近づいた。

 このイモの葉っぱは、大きなハートの形をしている。ロマンティックな外見だ。

 許嫁達に渡したら、「わぁ」と言って、喜んでくれるかも知れない。

 どうでも良い想像をしながら、《深泥イモ》を引っ張っている時に、未知との遭遇を果たすことになった。


 ― ミュ、ミュ ―


 「げぇー、何時の間に。大きいぞ」


 《大泥ウサギ》が、僕が掴(つか)んでいる《深泥イモ》を、咥(くわ)えてやがる。


 一mと数十cmは、あるんじゃないか。白い毛皮に包まれた、モフモフなヤツだ。

 長い耳と、大きな後ろ足が、分かりやすい特徴になっている。

 姿だけでいうと、特大のウサギのぬいぐるみに見えた。

 つぶらな瞳で、憎々しげにガンを飛ばしてやがる。

 イモを盗られるのが、超絶的に我慢出来ないらしい。


 はっ、と思って、僕は素早く槍を突き入れた。

 《大泥ウサギ》は、さっと槍をかわして、後方へ跳んだ。

 一跳びで、三mは移動しているぞ。あっ、と言う間の早業だ。

 《大泥ウサギ》は、僕から奪った《深泥イモ》を、口に咥えたままで、すっと立っている。


 僕の攻撃は、余裕でかわせるってことか。つぶらな瞳で、真直ぐに僕を見詰めている。

 その顔には嘲りの表情が、浮かんでいるように見えた。


 外見は、モフモフで可愛いが、その性質はまるで可愛げがないと思う。


 僕が接近すると、強力な後ろ足で、泥を僕にかけてきた。

 僕は泥まみれになって、口から「ぺっ」「ペっ」と泥を吐き出す。

 《大泥ウサギ》は、「ミュ」「ミュ」と小馬鹿にした鳴き声を出して、軽快に泥の海を疾走していった。

 《大泥ウサギ》の毛は、特別な魔法で泥を弾いているらしい。

 足の裏にも、毛が生えているのだろう。


 これを討伐するのは、改めて無理だとしか言いようがない。

 それにしても、腹立たしい魔獣だ。何とか、一槍だけでも突き刺してみたい。


 それからも、僕達は《深泥イモ》を採取し続けた。


 採るのは大変だけど、結構簡単に集めることが出来る。

 こんな泥の海に生えているので、このイモを採る人は誰もいないのだ。

 競合相手は、《大泥ウサギ》だけなので、そこら中に生えていたと思う。


 《大泥ウサギ》は、怒って邪魔をしてくるけど、三人以上固まれば近づいてこないことも分かった。

 人数が多いと、自分が危なくなるのを理解しているらしい。割と知能はあるようだ。

 《深泥イモ》は、かなり採取出来たけど、《大泥ウサギ》を狩れる気は全くしない。

 泥の中での機動力が、あまりにもかけ離れ過ぎている。



 大浴場で、「石鹸もどき」で洗ったが、身体にこびりついた泥が、中々取れない。

 手や足の皺(しわ)や爪に入った泥は、絶望的だと思う。

 少しくらい残っても、死にはしないだろう


 泥が取れないのは、「石鹸もどき」のせいかと思ったが、一組の連中も「取れないな」と溜息をついている。

 僕達、石鹼班が悪いわけじゃないようで、胸を撫(な)で下(お)ろす感じだ。


 逆に泡立ちが良くて、好評でさえあるらしい。

 知らないってことは、却って幸せなんだな、と学ぶはめになった。

 風呂に入るだけでも、学びは出来るんだ。

 心を常に、ニュートラルにしておくのが、コツ何だと思う。


 さて、《深泥イモ》のお味だが、極めてニュートラルだった。

 不味くて食べられないことはないが、食べたいと思うほど、美味しくはない。

 平凡で薄い味だと思う。


 強烈な味の食品と、組み合わせれば、良くなると思わせる個性がない味だ。

 例えば、味の濃いスルメと炊けば、旨味がイモに沁み込んで、とても美味しくなりそう。


 でもここには、スルメはない。何の旨味もない薄味で、我慢をしなくてはいけない。

 でもその代わり、おならは我慢する必要がない。イモだから、しょうがないんだ。

 またその代わりに、他人もおならを我慢しようとしない。イモだから、止めようがないんだ。

 宿舎が猛烈に匂うよ。



 次の日は、少し工夫を凝らした。

 《深泥イモ》を採取する者の周りを、四m離れて取り囲むという作戦だ。


 「〈ソラ〉、その《深泥イモ》の前で待機だ」


 コイツは、何でも言ったとおりに動くから、この役割を与えた。


 「他のヤツは、四m離れて円になれ」


 「ほーい。分かったよ」


 〈フラン〉は、いち早く一番近い場所に陣取った。何て、要領が良いのだろう。

 それで、足で擦(こす)れて一物が摩耗(まもう)しないので、デカいのだろう。狡いと思う。


 「〈タロ〉、僕はここが精一杯だ」


 〈ラト〉は、荒い息をして、〈フラン〉の反対側に近づこうとしている。

 まあ、しょうがないな。後は、〈アル〉と〈ロラ〉と僕だ。


 「〈タロ〉は、言い出しっぺだから、一番奥に行ってくれよ」


 はぁー、〈アル〉は何を言ってやがるんだ。僕が作戦を考えたのに、一番大変な目に合うのか。

 おかしいだろう。


 「〈タロ〉君は、鍛錬しているから、一番大泥ウサギが来そうな、奥に陣取っていた方が良いよ」


 〈ロラ〉は、当然のように言い放ってくれた。ここで、鍛錬が僕の足を引っ張るのか。

 悲しいだろう。


 皆、位置についたので、大討伐作戦の決行だ。 

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