第385話 生き様

  逃げようと跳んできたのは、僕の目の前だ。

 僕はしめたとほくそ笑んで、槍を絞る様に突き出した。


 槍の穂先に、日の光が反射して眩しい。

《大泥ウサギ》の脇腹に、ずいっと穂先が入った。

 生き物から伝わる感触が、僕の手の中で生生しく暴れている。

 そして、パッと鮮血が舞い散って、目の前を紅蓮で染めていく。


 手応えは微妙だ。

 胴体の真ん中を狙ったけど、少し逸(そ)れて脇腹を刺してしまった。

 《大泥ウサギ》は、勢いを失って、のろのろと〈ロラ〉方向へ、逃げようとしている。


 「〈ロラ〉、任せたぞ。慎重に狙えよ」


 皆の期待を一身に背負って、〈ロラ〉は渾身の突きを放つ。

 それは狙いたがわず、《大泥ウサギ》のどてっ腹に、見事に突き刺さった。


 「やったー」


 「討伐出来たぞ」


 二組のメンバーから、思わず歓声が起こった。

 僕も声にならない「おー」って感じで、叫んでいたと思う。


 でも、《大泥ウサギ》は、さすが魔獣のことはある。

 槍を自分で引き抜き、その槍を蹴って空高く舞い上がっていった。

 鮮血をまき散らしながら、意地の跳躍を行ったんだ。


 白いモフモフと、赤い血が織りなす空の演舞は、幻想的でとても綺麗だと思った。

 泥の海のステージで、鮮やかに舞う、気高い少女のようだ。

 太陽に輝く白銀のコスチュームをまとって、深紅のリボンをたなびかせている。


 命を燃やして、生き様を見せてくれたんだ。《大泥ウサギ》は、跳ぶんだと。

 跳んだ後の身体は、すでにダランとしていたと思う。死力を振り絞ったのだろう。


 《大泥ウサギ》が、最後の跳躍を終えて、泥の海に落ちると、一組から歓声が沸き起こった。

 とても長く跳んだので、横たわった場所が、一組の生徒の前だったんだ。


 「討伐したのは、一組だ」


 「えー、それは僕達が討伐したんだ」


 「落ちた時は、もう死んでいただろう」


 「何を言っているんだ。最後に確保した者のもんだろう」


 「最後に止めを刺したのは、こっちだよ」


 一組の連中は、ピクリとも動かない《大泥ウサギ》に、槍を突き立てている。

 あれほど鮮烈な、生き様を見せてくれたのに、この仕打ちはないと思う。


 「うーん、お前ら喧嘩をするな。この《大泥ウサギ》は、半分こだ。二組と一組が、協力して討伐したってことだ。両組とも討伐出来たんだから、問題ないだろう」


 先生は、ドヤ顔で判定を下した。

 上手くこの場を、収められたと思っているんだろう。

 まあ、半分っていう話は、分からなくはない。

 このまま、二組と一組がいがみ合っても、何も良いことは起こらないだろう。


 ここへ来た目的は、《大泥ウサギ》だ。半分でも、討伐は討伐だ。

 最低限の目的は、達成出来たことになる。

 でも、普通に考えれば、討伐したのは二組だと思うな。


 二組の皆は、ブツブツと文句を言っていたけど、僕は黙っていた。

 それより、討伐した《大泥ウサギ》が気になっていたんだ。


 泥の海から、運ばれた《大泥ウサギ》を、皆、興味深そうに見ている。

 一組の連中は、ここを刺したんだとか、嬉しそうにはしゃいでいた。

 はしゃぐ気持ちが、理解出来ないな。


 二組はムッとしながらも、達成感からか、顔はとても明るくなっている。

 両組とも、ワイワイと五月蠅くて、すごく興奮しているのが見てとれた。


 ただ僕は、違うことを考えていたんだ。


 《大泥ウサギ》についた泥を、落としてあげたいと、ずっと思っていたんだ。

 特別な魔法が切れたから、泥に塗(まみ)れて、黒く汚れていたんだ。

 きっと、《大泥ウサギ》は、白い毛並が自慢だと思ったんだ。

 《大泥ウサギ》は、すごく美しい生き物だから、そう思っていたんだ。



 指先でこすって、泥を落とそうとしても、僕の指ではあまり落とせない。

 どうしても、毛に少し泥が残ってしまう。あの白い輝きは、戻ってこない。


 灰色に汚れた《大泥ウサギ》が、運ばれていった。


 指先に触れた《大泥ウサギ》の毛は、どんな感触だったかを、ついさっきのことなのにもう覚えていない。

 死んだ《大泥ウサギ》の毛の感触は、本当の感触じゃないはずだから、これで良いと思う。


 僕が知る必要はないと思った。





 討伐した日から、数日後に予定どおり、帰ることになった。

 もう、泥の海は十分だ。お腹が一杯で、吐きそうになっている。

 一生ごめんだと思う。


 僕はあれから、拾った板の上に座って、《深泥イモ》を適当に採取している。

 板があれば、泥の上の移動は、スムーズに出来る。

 この板で移動すれば、もっと簡単に討伐出来たかも知れない。

 でも、もう考えても仕方がないことだ。


 《大泥ウサギ》は、仲間がやられたためだろう。

 僕達に、近づいてこようとはしない。遠くの方で、跳ねているだけだ。

 一年も経てば、忘れるのだろうが、今は鮮やかに覚えているのだろう。


 僕は《大泥ウサギ》の肉を知らないうちに、食べたみたいだ。

 二日前の《深泥イモ》の味付けに使われたらしい。

 そう言われると、いつもより濃い味が、してたようにも思える。

 大勢で一頭だから、一人あたりは極わずかなんだろうな。


 だから、感想も感慨もない。ただ、そうかと思った。


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