第378話 《サハン》の町

 それが、同じじゃないんだ。学舎よりおっぱいが、よっぽど大切だ。


 でも、〈サトミ〉は違うようだ。

 ヒョイっと両足を振って、その反動で、僕の足の間からスルッと抜け出してしまった。

 〈サトミ〉は運動神経って言うか、身のこなしが発達しているな。


 「あっ、〈サトミ〉」


 「へへっ、〈タロ〉様、お休みなさい」


 〈サトミ〉は悪戯っぽく笑って、部屋を出て行った。

 手には、お守りを大事そうに握っている。


 僕ももう寝よう。執務は残っているけど、どうとでもなるだろう。






 「臭いぞ」「くせぇ」「たまらん」と皆が口々に毒づいて、馬車の窓を開け放った。


 「誰だ、おならをしたヤツは」


 「ぐぇー、ニンニク臭いのも混じってる」


 魔獣の討伐に行くから、スタミナをつけようと、昨日、ニンニク料理を食べたヤツがいるようだ。 

 ニンニクを食べ過ぎて、お腹を壊したんだろう。何てヤツだ。吐きそうだよ。


 「皆、ごめんよ」


 〈ラト〉が、申し訳そうに謝っている。〈ラト〉が、すかしっぺの犯人らしい。


 「はぁー、お前な。馬車は、密室で逃げ場がないんだぞ」


 〈アル〉が、鼻を摘まみながら、文句を言っている。

 ただ、鼻を摘まんでいるから、間抜けな声しか出ていない。


 「そうだ」「全くだ」と他の連中も、同調したけど、鼻を摘まんでいるので、皆、間抜けな感じだ。


 「ニンニクはきついよ」


 〈フラン〉が、可愛い顔を歪ませて、ポツリと呟つぶやいた。

 これが何気なにげに一番効いたようで、〈ラト〉が「うー」と唸って泣きそうになっている。 

 整った顔で言われると、他より厳しく感じるのはどういう訳だろう。


 僕達を乗せた馬車は、丸一日かけて《サハン》の町へ向かっている。


 《サハン》の町は、王都から北西の方向にあって、《アンモル山地》の近くだ。

 《大泥ウサギ》の生息地は、その《サハン》の町から《アンモル山地》に向かって、馬車でもう半日の場所にあるらしい。

 馬車で、二日ほどかかるのか。お尻が持つのだろうか。心配だな。


― プゥ ―


 「こらー、また〈ラト〉が、屁をこきやがった」


 「ち、違うよ。今度は僕じゃない。ニンニク臭くないだろう」


 〈ラト〉は、そう言ったけど、皆は疑いの目で見ている。

 〈ラト〉は、前科があるから、そう簡単には信じて貰えない。


 さっきのは、お尻が持たなくなる前に、肛門括約筋が持たなかった、僕のおならだ。

 でも、皆が〈ラト〉だと言っているのに、名乗り出る必要は皆無だ。

 〈ラト〉は、屁こきの汚名をもう被ったのだから、二度目であっても何ら変わらない。

 無傷の僕の、尊い犠牲となってください。それで、世の中は丸く収まるんだよ。


 これで、ハッピー、ハッピー、皆、ハッピーだ。あはははっ。



 《サハン》の町へ着いたのは、もう夜だった。

 遅い夕食をかき込むように食べると、直ぐに睡魔が襲ってくる。

 一日中馬車で揺られたので、身体が芯から疲れているんだろう。


 食べた直後に眠るのは、胃に悪いと知っているが、もう我慢が出来そうにない。

 他の学舎生も、瞼まぶたが、ひっついている感じに見える。


 あぁ、僕の明日から運命は、どうなるんだろう。

 〈アコ〉と〈クルス〉と〈サトミ〉のお守りをギュッと握って、布団に潜りこんだ。

 三人の匂いが、布団の中に入ってきた気がする。


 「起きろ」「朝だぞ」「直ぐ出発だ」


 夜も明け切っていない早朝に、無慈悲な怒鳴り声が響き渡る。

 僕は、欠伸を咬み殺して、渋々布団から抜け出した。

 標高が高くなったのだろう、冷気が身体の熱を一遍に持ち去っていく。


 「うぅ、寒いよ」


 〈ソラ〉が、情けない声をあげている。

 それに釣られてか、他の学舎生も「寒い」「寒い」と言いながら、肩を抱いて震えているようだ。 


 僕は、肩じゃなくて、股間に手を入れて震えていた。

 昨日の夜、〈アコ〉と〈クルス〉と〈サトミ〉が、僕にセクシーランジェリーを見せてくれたので、股間が一番暖かいんだ。


 味気ない朝食を、ボソボソと食って、また馬車に放り込まれた。

 《大泥ウサギ》に合う前に、すでに結構メンタルがやられている。

 これじゃ、ライトノベルに良く出てくる、奴隷が運ばれているシーンとあまり変わらないな。


 「到着したぞ」「降りろ」「キリキリと動け」


 馬車に詰め込まれた哀れな奴隷達が、鞭で追われるように、ぞろぞろと馬車から降りてきた。

 僕もその中の一人だ。表情は暗く、目には希望の光りは灯ってはいない。


 馬車から降りて直ぐに目につくのは、《アンモル山》だ。

 綺麗な三角形をして、山頂には白銀が光っているのが眺望出来る。

 大きな山だから、驚くほど近くに見えた。


 この山には、古代の征服王が、財宝を隠したという伝説がある。

 冒険者が幾人も、その財宝を守る蜘蛛の魔獣に、命を散らされた物語は有名だ。

 僕も、本で読んだことがある。黒くて大きな蜘蛛が、シャカシャカと動きまくるんだ。

 蜘蛛が嫌いな人には、禁書扱いされている。


 続いて目につくのは、木で作られた粗末な宿舎だ。と言うかこれしかない。

 くすんだ灰色の建物が、三棟並んで建っている。

 僕は伯爵様なのに、あんな所で寝泊まりさせるのかと、罵声が喉まで上がってきた。


 僕を宿泊させるなら、〈アコ〉と〈クルス〉と〈サトミ〉と一緒に、リゾートホテルへ泊まらせて欲しいな。

 三人にビキニを着せて、プールサイドで、トロピカルドリンクを飲みたいよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る