第379話 生活基盤
「あーぁ」
辛抱強そうな〈ロラ〉まで、溜息をついている。僕も「あぁ」と溜息をついた。
〈ロラ〉と目が合ったが、二人はそのまま視線を下に落としただけだ。
良くある展開なら、互いに「ふっ」と苦笑いくらいするはずだ。
そんな気分にも、なれないってことなんだろう。
「まずは、生活基盤の確保だ。薪(まき)を割る人と、石鹸(せっけん)を作る人に別れなさい」
「先生、薪は分かりますが、なぜ石鹸を作るのですか」
〈フラン〉が、また物おじしないで、質問をしている。
薪は寒いから、暖房のために必要なんだろう。確かに石鹸は?だな。
お風呂で身体を洗うのに必要だけど、作るってことが分からないな。
石鹸ぐらい買ってくれよ。
「石鹸はな。泥を落とすのに大量に必用なんだ。これを作るのも、《黒鷲》の伝統だ。単に買うと、費用がバカにならないっていうのもある」
はぁー、伝統なんて糞食らえだ。おまけケチなんだ。
我が一組は、〈アル〉〈ロラ〉〈ソラ〉が、薪割班になった。
残りの、〈フラン〉〈ラト〉と僕が、石鹸班だ。
大きな鍋があって、それで石鹸を作るらしい。
前に作った残りカスが、鍋にこびりついていて、すでに匂いがすごい。
油くさい。
まずは、灰汁(あく)を作る必要があるようで、ワイン樽に木灰を詰めて、上から水を注ぎ込んだ。
灰は、前年の二年生が薪を燃やして出来た、木灰を使用している。
下の穴から出てきたのが、灰汁らしい。硫黄のような独特の匂いだ。
この灰汁を煮詰めた方が良いらしいが、煮詰めないでこのまま使うようだ。
いい加減なもんだな。
そしたら今度は、大きい鍋に、何かの実を搾(しぼっ)た脂を注ぎ込んで、灰汁を混ぜるだけの簡単な作業だ。
良く知らんけど。
脂を搾った実は、聞いたけど名前はもう忘れた。興味がないんだよ。
植物性の石鹸だから、お肌には優しいのだろう。
試してないので、知らんけど。
「〈タロ〉〈ソラ〉〈ラト〉、薪割班から薪を貰ってきてくれ」
〈フラン〉に、いち早く指示をとばされた。〈フラン〉が、この班を仕切るのか。
僕は伯爵様で領主なのにと、一瞬頭を過よぎったが、柄がらにないことで争うのは止めておこう。
〈フラン〉の方が、指揮に向いているんだろう。可哀そうな《ラング領》の人々よ。
強く生きてください。
「はーい。分かりました。貰ってくるよ」
僕と〈ソラ〉と〈ラト〉は、ぞろぞろと薪割班の活動場所に向かった。
〈アル〉〈ロラ〉〈ソラ〉は、大きな材木と格闘しているところだ。
〈ソラ〉は、もう汗びっしょりで、もうもうと湯気をたてている。
温かかそうだけど、何も羨ましくない。
〈ロラ〉は、「カン」「カン」と小気味いい音をたてて、薪を割っていた。
〈アル〉は、木に食い込んだ鉈(なた)に向かって、「この役たたず」と毒づいている。
それは、あんたのことじゃないのか。不思議なことを言うよ。
〈ソラ〉は。〈ソラ〉のことはもう良いだろう。怪我さえしなかったら、褒めてあげて欲しい。
僕達は、「貰っていくよ」と一声かけて、〈ロラ〉が割った薪を抱えた。
そして、ふうふう言いながら、大鍋の下に薪をくべた。
大鍋の下は、〈フラン〉が手際よく火を起こしていたようで、結構な火勢になっている。
〈フラン〉は、「ご苦労」と僕達に労(ねぎら)いの言葉をかけて、炎を見詰めていた。
それは、出来る上司が、頼りない部下にかける、諦めに似た声だったと思う。
でも、おかしいな。
「〈フラン〉、鍋に中に水を入れなくても良いのか」
「あー、そうだった。忘れちゃったよ」
〈フラン〉は、ペロッと舌を可愛く出して、ごめんなさいの顔をしている。
この舌を舐め回したい人が、男女問わず大勢いるらしい。
だけど、〈フラン〉はこんな舐めた態度で、この大きな失敗を許されるとでも思っているのか。
「〈フラン〉、気にするなよ。急いで入れたら、まだ間に合うよ」
顔が良いっていうのは、人生をイージーするんだな。自分の放った言葉が、なぜだか悲しい。
「そうだよな、〈タロ〉。皆、早く入れてくれ」
〈フラン〉に、また指示をとばされて、僕と〈ソラ〉〈ラト〉は、大慌てで水を大鍋に注ぎ込んだ。
「熱い」
急に熱せられた水が跳ねたのだろう。〈ソラ〉が、腕を押さえてのたうち回っている。
「ふふっ、ダメじゃないか、〈ソラ〉。ゆっくりしないと火傷をするよ」
〈フラン〉が、クスクス笑いながら、注意を与えている。
僕は、のたうち回っている〈ソラ〉を抱えて、井戸の水で腕を冷やしてあげた。
〈ソラ〉の腕には、小っちゃい水ぶくれが、一つだけあった。
それを見て、僕は抱えていた〈ソラ〉を、直ぐに落とした。
〈ソラ〉は、地面に落ちて「むぎゅ」とバカみたいな音をたてやがった。
やってられないよ。
大鍋からは、白い水蒸気がたなびいている。蒸発してしまっているんだろう。
確か、鍋の中の温度は、三十度程度と言われていたと思う。
それでも、石鹸班は灰汁を投入して、大鍋をかき混ぜた。その後に、脂もぶちまけた。
水とアルカリが反応して熱を発するので、もう火は不要だ。
薪を足そうとする〈フラン〉を、足で蹴りながら、僕は大きなしゃもじでかき回した。
アルカリ反応がとても熱いぞ。何度になっているだろう。気にしたら負けだ。
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