第376話 穴だらけ

 〈クルス〉を《赤鳩》に送っていく頃には、辺りはもう薄暗くなっている。


 〈リク〉と〈カリナ〉との相談が、思ったより時間がかかった。

 二人が泣き出してしまったので、駆け落ち夫婦の賃金の話とかが、中々進まなかったんだ。


 でも暗くなったせいで、良いこともある。〈クルス〉が、僕の腕に絡みついてくるんだ。

 薄暗くて、通りの人も少ないからだと思う。

 当たり前のように、おっぱいもグリグリ当たっている。

 おっぱいを、わざと当てているのかは不明だ。

 聞いたら、当ててこなくなりそうで、怖くて聞けない。

 腕に当たるおっぱいは、僕を肯定(こうてい)してくれている気がして、大好きなんだよ。


 「うふ、〈リク〉さんと〈カリナ〉さんは、すごく喜んでいましたね」


 「そうだね。あんなに喜ぶとは思わなかったので、吃驚したよ」


 「〈タロ〉様の人徳ですよ。〈タロ〉様は、良い領主様ですからね」


 「いや、そうでもないよ。小金が少しあるだけさ」


 「うふふ、謙遜(けんそん)されますね。それに、素晴らしい未来の私の旦那様です。友達を救済してくださり、私の悩みをサッと解決して頂きました」


 「うーん、ただそれには、僕の打算もあるんだよ」


 「分かっています。でも、私がお願いしなければ、〈タロ〉様は何もされなかったと思いますよ。私が頼んだから、理由をあれこれ、考えられたのでしょう。違いますか」


 「違いますか」と言う〈クルス〉の顔が、何か待っていそうだ。

 それに、声は少し甘えた声に聞こえる。これは返答を誤ったら、反動が怖いんじゃないかな。

 僕の危惧が、間違っていることを祈ろう。


 「えっ、完璧な理由だと思ったんだけど、穴があったかな」


 「うふふ、穴だらけですよ。でも、穴があるほど、私は嬉しいんです」


 〈クルス〉は、コテンと僕の肩に頭を乗せてきた。

 斜めになった顔は、こぼれるような笑顔で幸せそうだ。

 返答は、間違ってはいなかったようで、僕の危惧は不発らしい。


 でも、穴だらけか。そうなんだろうか。そんなにダメなことをしたんだろうか。

 客観的に見ても、今後の《ラング領》のプラスになる布石だと思う。

 〈クルス〉は、自分の都合の良い方に、事実を補正しているんじゃないのかな。


 〈クルス〉は、賢い娘だ。でも、僕と絡んだ場合は、〈クルス〉の考えを、あまり信用出来ないな。

 少しおバカに、なってしまう気がする。




 夕方から、〈南国果物店〉の裏の館に来ている。


 シコシコと執務を、沢山こなさなければならない。目がしょぼついて、肩が凝ってきた。

 まだ若いのに、サラリーマンの持ち帰りの仕事みたいだ。ブラックかも知れないな。

 すごくイライラする。


 執務の前に、〈カリナ〉が隣の家の報告をしてくれた。


 結論から言うと、買収は可能だ。

 お年寄りの相続人は、家の使い道がないので、売ろうと思っているらしい。

 値段も相場どおりで、スムーズにことが運びそうだ。


 家は、表に二階建ての細長い母屋があって、裏に小さな一階建ての隠居があるようだ。

 〈南国果物店〉と同じで、奥の方に敷地が広がっているんだな。

 昔は、二世帯が暮らしていた構成だと思う。

 今は淋しくなっているが、その内、赤ん坊の泣き声が響き渡って五月蠅くなるんだな。


 〈カリナ〉には、直ぐ買って、母屋も隠居も改修するように伝えた。

 〈カリナ〉にどう改修するかと聞かれたが、「僕が住むわけじゃないので、好きなようにしなよ」と答えるしかない。

 〈カリナ〉は「でも」と言っていたが、「〈リク〉と〈リーツア〉さんに相談しろよ」と突き放した。

 僕はどうでも良いので、こんなことで煩(わずら)わさないで欲しい。

 執務が一杯溜まっていて、機嫌が悪いんだ。金は出すけど、口は出さない、良い領主だと思えよ。


 カリカリと書類にサインを書いていると、〈サトミ〉が部屋に入ってきた。


 「〈タロ〉様、お疲れ様です。休憩しませんか」


 「おぉ、〈サトミ〉か。ありがとう」


 「へへっ、お茶を持ってきたんだ。〈サトミ〉と一緒に飲もうよ」


 「飲む。飲む。〈サトミ〉と飲みたいな」


 「ふふっ、〈タロ〉様、慌てないでよ。〈サトミ〉も、お茶も逃げたりしないから」


 執務をするだけなので、僕の部屋には、椅子が一つしかない。

 後は、ベッドがあるだけだ。うーん、〈サトミ〉とベッドに腰かけようか。


 「〈サトミ〉、椅子がないから、ベッドに座るか」


 「うーん、ベッドはダメだよ。それは危険だと思うの」


 どういう意味だ。僕が押し倒す、とでもいうのか。そうだろうな。


 「じゃ、どうする」


 「えへっ、〈タロ〉様の椅子に〈サトミ〉も座るよ」


 「えっ、狭いよ。座れるの」


 「〈サトミ〉のお尻は、小っちゃいから平気だよ」


 〈サトミ〉が、僕の座っている椅子に座ろうとしている。

 でも、どう考えても狭いぞ。短時間なら我慢出来るけど、長い時間は疲れると思う。

 だから、僕は座ろうとしている〈サトミ〉を、ヒョイと持ち上げて、僕の太ももの間に座らさせた。


 〈サトミ〉は、泣きそうになるほど軽い。包み込むように、〈サトミ〉を抱いてあげよう。

 体勢的には、お姫様抱っこをしたまま、座たって感じになっている。

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