第375話 隣
「〈クルス〉、二人の住む場所はどうするんだ。困っているんだろう」
「〈タロ〉様、これもお願いなのですが。出来れば〈南国果物店〉の裏の館に、住まわせて頂けないでしょうか。私の部屋を空けるのは、どうでしょう」
「それじゃ、〈クルス〉はどこへ泊まるの。僕の部屋に泊まるか」
「はぁ、それでは、私も妊娠してしまいます。泊まる必要がある時は、〈サトミ〉ちゃんの部屋に泊まりますよ」
〈クルス〉は、結構大胆なことを言ったな。
僕と一緒に寝れば、そういう行為をしてしまうってことか。
確かに、〈クルス〉が横で寝てたら、我慢出来ずに襲ってしまうだろうな。ただ、狭いな。
狭いのは、〈クルス〉じゃないよ。夫婦と赤ちゃんの三人では、館の部屋は狭すぎる。
〈カリナ〉にも赤ちゃんが出来るし。館全体が窮屈な感じになってしまう。
それに、赤ちゃんが二人もいたら、五月蠅くて大変だ。赤ちゃんは、泣くのが仕事だからな。
〈サトミ〉の勉強にも、僕の執務にも影響が出ると思う。他の住人の睡眠不足も心配になる。
「〈クルス〉、少し早めに夕食を食べて、〈カリナ〉と〈リク〉に相談しようか」
「はい。分かりました」
〈クルス〉は、やっぱり賢いな。
詳しいことは何も言ってないのに、僕が何を相談するか分かっているみたいだ。
相談の内容を何も聞かずに、お弁当を広げ始めた。
美味しそうな匂いが、屋根裏部屋に漂ってくる。
「〈クルス〉の作ってくれる、お弁当はいつも美味しいな」
「うふふ、ありがとうございます。〈タロ〉様のために、一生懸命に作ったのですよ」
〈クルス〉は、満面の笑顔で僕のコップにお茶を注いでくれた。
ここは、コップを忘れて、口移しでも良かったんじゃないのかな。
早い夕食を食べ終えた僕達は、〈南国茶店〉へと降りて行った。
店は、夕食前の時間なので、あまり客はいなかった。
〈南国茶店〉は、昼間に繁盛する店だからな。僕と一緒で、極めて健全な店なんだよ。
「〈リク〉と〈カリナ〉、店の方が大丈夫なら、少し相談がしたいんだ」
「ご領主様、なんでしょう」
「店は落ち着いたので、大丈夫ですよ」
「〈カリナ〉は、〈クルス〉に聞いて、もう知っていると思う。赤ちゃんが出来て駆け落ちしてた元学舎生を、今度、雇う話なんだ」
「はい。
なるほど、〈カリナ〉も学舎町で店長をしているだけあって、情報源を持っているんだな。
「そうか。それは良いとして、
「ご領主様、奥さんは私と同じで、もう直ぐ子供も生まれますし。あまり戦力にはなりませんよ」
「そうだな。でも、妊娠は病気じゃないから、臨月や出産後直ぐじゃなければ、少しは働けると思う。というか。要するに優秀な人材を、囲い込んでしまおうということだよ」
「ははっ、ご領主様の考えは、将来の《ラング伯爵家》の家臣に相応しいかを試すと言うことですか。元とはいえ《青燕》と《赤鳩》生ですから、期待を持てますね」
〈リク〉は、脳筋なだけじゃないな。結構深く、物事を考えているんだな。
「〈リク〉の言うとおりなんだ。それと、この二人は、住むところにも困っているらしいから、こっちの方も解決してあげようと考えているんだよ」
「ご領主様、そうすると館に住まわせるのですか。空いている部屋は、もうありませんよ」
「そうなんだ。それも相談なんだよ。〈カリナ〉、館の近くで空いている不動産を知らないか」
「そうですね。右隣に住んでいた〈クイおばあちゃん〉が、半年前にお亡くなりなりました。今後、どうされるのか聞いておきます」
生まれようとする命の隣で、失われてしまった命もあるんだな。
「ほぉ、隣か。空くようなら、買収したいんだ。上手く買えたら、〈リク〉と〈カリナ〉の住む家に、改修しようと思うんだけど、どう思う」
「ご領主様、それは大変有難いお話ですけど、良いのですか」
「〈リク〉も子供が生まれるのなら、その方が良いだろう」
「それはそうですけど、ご領主様の負担になりませんか」
「ははっ、〈リク〉と〈カリナ〉のためなら、家の一軒くらい安い買い物だよ」
「ご領主様は、こんなに私達のことを、大切に思って頂いているのですね。とても感激しました」
「ははっ、大袈裟だな。それに、まだ買えるとは決まってないよ」
〈カリナ〉が、目尻に涙を溜めて、僕に頭を下げてきた。
その横では、〈リク〉がもう涙を流している。言葉が詰まって、上手く声が出せないようだ。
古い家を提供するだけで、こんなに感激するとは思わなかった。
子供のためにも、一軒家に住みたかったんだろう。
大所帯の中で、赤ちゃんを育てるのは、気が重かったのかな。
伸び伸びと、大きな声で泣かせかったのだろう。
この夫婦は、赤ちゃんがバカほど五月蠅くても、バカみたいに笑ってそうだ。
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