第374話 孕(はら)ませた

 「えっと、〈タロ〉様。《赤鳩》は過去形です。退学したのです」


 「はぁ、《赤鳩》を退学。なんで」


 「それは、赤ちゃんが出来たからです」


 「ほぇー、そうなの。相手は誰なの」


 「お相手は、《青燕》の同年だった方です」


 「こっちも過去形なんだ」


 「親から勘当されたと聞きました。それで学舎の費用が、払えなかったようです」


 「はぁー、せっかく《青燕》に入ったのに勿体(もったい)ない」


 「親御さんが、《赤鳩》だった娘(こ)の親から、責任を取ってくれと言われたようです」


 「責任か。結婚しろってことか」


 「それが違うのです。妊娠させたことに、対してようなのです」


 「うーん、それは。妊娠が原因で、《赤鳩》を退学になってしまったことなの」


 「そのようです。女性は妊娠や出産があるから、退学なってしまいます。でも、男性の方は、そうではありません」


 「そうか。お前のところの糞ガキが、大事な娘を孕(はら)ませたくせに、そのガキがのうのうと《青燕》に在籍しているのが気に食わないってことか」


 「〈タロ〉様の表現は、あれですが、内容はそのとおりです。女性の方も、出産の間休めれば良いのですが、そのような制度はありません。入舎したい人が大勢いるので、構っていられないのでしょう。それに、赤ちゃんを育てながら、学舎の寮で生活も出来ませんしね。かといって、離れて暮らすのも残酷なことです」


 「《赤鳩》の方の親は、すごく怒ったんだろうな」


 「はい。カンカンに怒っているようです。家庭教師もつけて、やっと受かったのに、どうしてくれるんだと怒鳴り込んだようです」


 「《青燕》の親はどうしたんだ」


 「どうしようもないので、自分の子供にも、同じことをするって言ったようです。つまり《青燕》を辞めるってことです」


 「それで、《赤鳩》の方の親は収まったのか」


 「収まったというか、もう言ってはこなかったようです。これ以上のことは出来ないですからね。赤ちゃんが出来た行為は、合意ですから、犯罪ではないのですよ。痛み分けってことなんでしょう」


 「はぁー、一生懸命努力して、やっと入れたのに。何とも勿体ないな。それで、二人はどうしているんだ」


 「両方共の親が怒って、二人を無視しているようです。それで仕方がなく、駆け落ちをしたと聞きました」


 「ふぅー、怒る気持ちも、分からなくはない。でも、妊娠しているんだ、大人気がないと思うな」


 「私もそう思います。ただ、《赤鳩》の友達の話では、自分がそんなことになったら、親に殺されると言っていました。親は自分の生活も犠牲にして、《赤鳩》に子供入れているらしいのです。そして将来、有利な就職や良い結婚を期待しているようです」


 「はぁ、子供が優秀だと、過度の期待をしてしまうんだな」


 「はい。ただ、《青燕》と《赤鳩》の卒舎生が、良い就職先や玉の腰に乗れるのは事実です。だから、親も必死になるのでしょう」


 「そうなんだ。駆け落ちした二人は、どう生活しているんだ」


 「今は親戚の家に、身を寄せているらしくって。でも、そこも出来るだけ早く出て行ってくれと、言われているようなのです。だから、困ってしまって、私のところまで話がきたのですよ」


 「ようは、助けて欲しいってことだな」


 「はい。青燕の人は、人柄も悪くないと聞いていますので、〈カリナ〉さんに相談してみました。そうしたら、一度会って頂けることになったのです。〈タロ〉様、最初に相談しないでごめんなさい」


 「ううん、良いんだよ。店のことは〈カリナ〉に任せているんだ。僕は口出しをもうしていなんだ」


 「そうですか。それを聞いてホッとしました」


 〈クルス〉は、嬉しそうに笑って、僕の袖を掴んできた。


 「でもまだ、〈カリナ〉の面接で、どうなるか分からないよ」


 「いいえ。私がホッとしたのは、〈タロ〉様が怒っていないからです。〈タロ〉様に、勝手なことをしたと怒られたら、どうしようと思っていたのです」


 「友達のことを思ってしたことだし、雇う前に言ってくれたから、怒ったりしないよ」


 「うふふ、〈タロ〉様は優しいですね。ますます好きになりました」


 〈クルス〉がしがみ付いてきたので、〈クルス〉を抱きしめて、長くキスをしてた。

 〈クルス〉〉が、長くして欲しいと、思っている気がしなんだ。


 ただ、〈クルス〉の計算どおりに、僕の考えが誘導された気もする。

 〈クルス〉は賢いから、こうなることを想定していたんじゃないのかな。

 僕の単純な思考なんて、全て承知しているんだろう。


 《赤鳩》の学舎生に、赤ちゃんが出来たらどうなるかを、僕に突き付けた面もあると思う。

 ようは僕に、釘を刺したんだろう。たぶん、〈アコ〉とも相談していたとも思う。


 だけど、《青燕》と《赤鳩》に入れるような人材に、恩を売るのはありだと考える。

 《ラング領》をもっと発展させるには、優秀な人材が必要だからな。

 普通なら、田舎の《ラング領》に間違ってもこない人材を、手に入れられるチャンスだとも言える。 

 今、恩を売ることで、雁字搦(がんじがら)めに縛って、才能を搾取してやろう。

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