第366話 模範的な正解

  その後、〈サトミ〉の受験勉強は、休憩が増えていった。


 《王国緑農学苑》は、〈テラーア〉が言ってたとおり、人気薄だ。

 それに加えて、壁の外にあるため寮がなく、地方からくる子弟に敬遠されているらしい。

 これらの悪条件で、試験の難易度が低くなってしまっている。

 入舎希望者の多くが、すんなりと入舎出来ているようだ。


 おまけに〈テラーア〉が、過去問を入手してくれたので、万全の準備が整いつつある状況だ。

 休憩中は、三人の笑い声が、僕の部屋まで届いてくる。

 〈サトミ〉が、過去問をサクサク解いたようで、〈アコ〉と〈クルス〉も余裕を持ったようだ。

 今まで頑張ってきた、勉強の成果なんだろう。


 〈サトミ〉の顔は、以前と比べて、はっきり明るくなった。

 何だか、顔もツヤツヤになって輝いている。自信に溢れている感じだ。


 華やいだ乙女の笑い声と、対照的に僕の部屋は静かだ。

 執務を淡々とこなす、書類の擦(こす)れる音がするだけだ。

 時おり、〈ソラィウ〉の「溜まっていますので、早くしてください」と、無慈悲に急(せ)かす声が響くのも悲しい。

 僕の方こそ、色々溜まっているぞ。許嫁達が構ってくれないと、どこかで爆発してしまう。

 早く入舎試験が終わって欲しい。


 〈サトミ〉の試験当日は、僕はお留守番だ。

 僕がいると、〈サトミ〉の気が散って邪魔だと、また言われた。

 だから、館で、ただ祈ることしか出来ない。悪い出来事が、頭に浮かんでしまう。


 〈アコ〉と〈クルス〉と、護衛の〈リク〉が、馬車で試験会場へと向かった。

 僕は、心が落ち着かない時間を、ただ過ごしている。

 ウロウロと部屋を歩き回って、殆ど動物園の熊のようだ。

 昼食も喉に通らなくて、あまり食べられなかった。

 自分のことより、〈サトミ〉のことの方が、心配が強くなるのは、なぜなんだろう。


 半日過ぎた後、試験を終えて帰ってきた音が、玄関から聞こえてきた。

 そして、直ぐに僕の部屋へ報告に来てくれる。皆の顔は明るい。

 試験はあがることなく、実力が出せたようだ。

 〈サトミ〉は、「ふー」って溜息を大きくついて、僕の胸に飛び込んできた。


 「〈タロ〉様、〈サトミ〉は頑張ったよ」


 「本当にそうだな。〈サトミ〉は頑張ったよ。えらいぞ」


 僕は、〈サトミ〉を抱きしめながら、髪を撫でてあげた。

 〈サトミ〉は、胸に顔を埋めて、僕の腰に抱き着いたままだ。


 「うん。〈タロ〉様の匂いがするよ」


 僕はどんな匂いが、するのだろう。今日は爆発してないから、烏賊(いか)臭くないよな。


 「臭くないよな」


 「うん。でも、ちょっと男臭いかな。でもね。〈サトミ〉を労わってくれる匂いだよ」


 えぇ、男臭いってどういうこと。何の匂いだ。烏賊か。蛸か。蟹なんだろうか。

 大きさ的には、沢蟹サイズか。いや。ここは見栄を張って、タラバと言っておこう。


 それに、「労わってくれる匂い」ってなんだ。それはどんな匂いなんだ。

 まるで想像がつかないよ。

 

 人の気配が減ったので、周囲を見渡すと、部屋には僕と〈サトミ〉しかいない。

 〈アコ〉と〈クルス〉は、気を利かせてくれたみたいだ。


 「〈サトミ〉、顔を見せてよ」


 「うーん、近いから恥ずかしいよ」


 「いいから」


 「もう。これで良い」


 〈サトミ〉は、胸から顔を外して、僕を見詰めてくる。

 改めて〈サトミ〉を見ると、全てのパーツが小さいんだ。耳も、鼻も、口も、すごく小さいぞ。

 こんな小さいのに、良く頑張ったな。


 「そうだ。〈サトミ〉は、頑張ったからな。欲しいものを言ってご覧よ。何でも買ってあげるよ」


 「うーん、今は、〈タロ〉様の気持ちが欲しいな」


 僕の気持ち、って、なんだろう。何を言ったら、正解になるんだろう。

 僕には、難しい試験だよ。模範的な正解を出したら、〈サトミ〉に入れるのかな。


 「〈サトミ〉は、難しいものが欲しいんだな。ただ、僕の気持ちは、〈サトミ〉が好きってことさ」


 あぁ、「さ」って言っちゃったよ。何てカッコつけの、カッコ悪いヤツなんだろう。

 自分が嫌になる。


 「あはっ、〈サトミ〉もね。〈タロ〉様が大好きだよ」


 〈サトミ〉が目を閉じたので、まあまあの正解だったと思う。僕の地頭も捨てたもんじゃないな。

 僕は、〈サトミ〉の唇にそっとキスをした。今はガツガツ行く雰囲気じゃない。


 「ふぁ、〈タロ〉様の今日のキスは、優しいんだね」


 「激しい方が、良かったかな。「顔面百連発口吸」をお見舞いした方が良いかい」


 「はぁ、〈タロ〉様。なに分からないこと言ってるの。優しくて良いんです」


 「そうなの」


 「そうです。〈タロ〉様の優しい気持ちを、〈サトミ〉にもっとください」


 僕は、〈サトミ〉の唇にもう一度、優しくキスをした。

 ふぅー、この感じでは、おっぱいやお尻を揉めないな。

 仕方がないので、あまりしたことのない、耳や首筋にキスしてみよう。

 何事も探求心が大切なんだと思う。


 「きゃ、〈タロ〉様。くすぐったいよ」


 「そうなの。でも優しくしてるよ」


 「んんう、優しいけど。耳や首にされると、変な感じがするんだ」


 「止めた方が良いの」


 「ううん、〈タロ〉様の好きにして良いの。それと、他も良いよ」


 「他って、どこ」

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