第362話 おじいちゃん

「馬がそう言っているって、おじいちゃんは分かるの」


 「ほっほっ、馬の言葉は分からんよ。ただ、馬の目が、そんな感じになっとる。半分位は、当たっているはずじゃ、いいかげんじゃけどな」


 このお年寄りは、学園の下働きなんだろうな。

 学苑の牧場だから、このいい加減そうな職員でも、何とかなっているらしい。

 生徒の実習用で、金儲けのための牧場じゃないからな。

 

 「あはぁ、〈サトミ〉も馬の気持ちが、少し分かるんだよ」


 「ほっほっ、お嬢ちゃんは、すごいんじゃな。儂は仕事で、もう行くが、好きなだけ馬といなさい」


 「おじいちゃん、ありがとう。もう少しだけ馬に触らせて」


 「良い。良い。お嬢ちゃん、健やかにな。春になったら、また会おうぞ」


 「うん。分かった。また〈タロ〉様に連れて来て貰うよ。おじいちゃんも、元気でね」


 お年寄りは、ヒョコヒョコと元来た厩舎に帰っていった。

 いい加減そうな人だけど、少しは仕事もするんだな。手当を貰っているんだし、当たり前か。


 「へへっ、〈サトミ〉、褒められちゃったよ」


 う、褒められた。〈サトミ〉は、いつ褒められたんだろう。


 「そうか、良かったな。さすがは〈サトミ〉だよ」


 ノリで褒めておこう。褒めておいたら、問題ないだろう。


 「うん。うん。〈タロ〉様にも褒められちゃった。〈サトミ〉は、すんごく嬉しいな」


 〈サトミ〉の顔は、桜草みたいに輝いて、そこだけもう春だ。

 また僕は、桜色をした〈サトミ〉の唇にキスをした。

 〈サトミ〉の唇は、ちょっとだけ温かくて、春の香りがしている。もう花が咲きそうだよ。


 「〈タロ〉様、ダメだよ。おじいちゃんに見られちゃうよ」


 「おじいちゃんは、もういないよ」


 「それじゃ、馬が見てるもん」


 「馬でも恥ずかしいの」


 「外で胸を揉まれたら、恥ずかしいに決まっているよ」


 おぉ、知らないうちに、おっぱいも揉んでいたぞ。

 これはもう癖だな。ルーティンワークだ。日常の行為に、なりつつあるな。


 「〈サトミ〉に触(ふ)れたかったんだ。ごめん」


 「うっ、もう。〈タロ〉様、外じゃイヤだよ」


 「中なら良いの」


 〈サトミ〉は、真っ赤になって「コクン」と頷いた。

 〈サトミ〉は、やっぱり良い娘だな。何でも許してくれる。


 でも、最近の〈サトミ〉は、暗い顔をしていることが多い。試験勉強のせいだ。

 僕は今日まで、試験さえ終われば、元の〈サトミ〉に戻ると思っていた。

 ただ今日の感触では、試験が終わっても、〈サトミ〉の暗い顔は、続くかも知れない。


 〈サトミ〉は、勉強が好きじゃないと思う。じっと座っているのが、苦手みたいだ。

 だから、学舎の生活は、〈サトミ〉にとって辛い可能性が高い。


 そこで、僕はピカって閃(ひらめ)いた。

 今日から、「閃光(せんこう)の〈タロ〉」と、二つ名で呼んでもらおう。

 僕が放つ、燦然(さんぜん)たる光のクラスターが、遥かな空に煌(きら)めき、厳冬の大地を照らすに違いない。

 そして、乙女の華をほろほろと開かせるだろう。はははっ、ついでに、股も開いちゃおうかな。


 「〈サトミ〉、良いことを思いついたぞ」


 「えっ、〈タロ〉様、なに」


 「それは秘密だ」


 「えっ、狡いよ、〈タロ〉様。〈サトミ〉にも教えて」


 「後で教えるから、ちょっと待ってよ」


 僕は帰って直ぐに、〈テラーア〉を問答無用で拉致してた。

 突然のことなので、〈シーチラ〉と〈リーツア〉さんは、驚いた顔になっている。

 〈サトミ〉は、「アワアワ」と言葉にならない声を発して立ちすくんでた。


 拉致された〈テラーア〉は、身を固くして震えているようだ。

 どうしてだろう。まあ、良いか。

 僕はすごく張り切っていたので、震える〈テラーア〉に有無を言わさず、尋問を開始した。

 なにせ「閃光の〈タロ〉」と言う、二つ名で呼ばれているからな。


 でも、〈テラーア〉は何も答えない。

 〈テラーア〉になら、簡単な質問なのに、全く答えようとしない。

 口を魚みたいに、パクパクと閉じたり、開いたりしているだけだ。

 こっちの質問を聞く気もないのか。何だよ、コイツは。僕をバカにしているんじゃないか。


 「〈タロ〉様、止めてあげてよ。〈テラーア〉さんが、怖がっているから」


 「えっ、〈サトミ〉。どうして、〈テラーア〉が怖がっているんだ」


 「どうしてって、〈タロ〉様。急に攫(さら)われたら、誰でも怖いよ」


 「攫った。僕が」


 「そう。〈タロ〉様が攫ったよ」


 「うそ」


 「うそじゃないよ」


 「〈テラーア〉は、僕に攫われたの」


 〈テラーア〉は、コクコクと首を縦に振っている。横じゃないんだ。


 「ごめんよ、〈テラーア〉。ちょっと興奮してたんだ」


 〈テラーア〉は、僕が「興奮してた」との言葉を聞いて、さらに身を固くしたようだ。


 「〈テラーア〉、心配するなって。襲ったりしないよ。僕が襲うなら〈サトミ〉だから、〈テラーア〉は大丈夫だよ」


 僕は自信満々に、心配する必要がない理由を述べた。

 でも、〈テラーア〉はジト目で睨んでくる。 

 あら、〈テラーア〉の自尊心を傷つけてしまったか。これは、マズイんじゃないかな。

 冷静に考えたら、色々とマズイことに、なっている気がするぞ。

 暴走しちまったよ。

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