第360話 ゴブリン

 勉強ばかりでは、身体に良くないと、この時だけ張り切っていたと思う。

 楽しそうに歌ってた。嬉しそうに踊ってた。

 僕が太ももや胸に、視線を投げると、「うふふ」とか「ふふふ」とか微笑んで、気分が良さそうだった。

 やっぱアイドルは、見られてナンボの商売なんだろう。


 ただ終わったら、それは悲しそう目を僕に向ける。僕に、何か言って欲しいんだろう。

 勉強は、「もう良いんじゃない」と言ったら、「もう少しです」と答えられた。

 「この試練を乗り越えれば、明るい明日が待っているのです」と自分に酔っているようだ。


 これを聞いた〈サトミ〉は、またロバの目に変ってしまう。

 自分のために、頑張ってくれているのに、「止めたい」とは言えないのだろう。

 でも、「ご領主様、もう私は限界です」と、また幻聴が聞こえてきた。


 何もしてあげられない僕を許して、〈サトミ〉、ごめん。

 〈アコ〉と〈クルス〉が、信念を持って挑んでいることに逆らえないんだ。

 結婚もしていないのに、もう尻に敷かれているんだよ。だって大きいんだもん。



 まあまあ順調に航海を終えて、王都に帰ってきた。

 最近は、王都にいる時間の方が長いので、帰ってきた感じになってしまう。

 人間の慣れって、怖いし、いい加減だと思う。


 〈南国果物店〉の裏の館に、僕達は旅の荷物を解いた。

 この後〈アコ〉は、学舎が始まる間、王宮の西宮で母娘水いらずだ。

 〈クルス〉と〈サトミ〉は、僕と同じ二階の部屋で、こちらも同じく学舎が始まるまで、寝泊まりすることとなる。

 まあ、〈サトミ〉は学舎に受かなかったら、そのままだけどな。


 「ご領主様、無事戻られて良かったです。この度は、帯同出来ずに申し訳ありませんでした」


 「ご領主様、私の身体を気づかって頂き、ありがとうございました」


 〈リク〉と〈カリナ〉が、型苦しい感じで出迎えてくれる。〈リク〉は、相変わらず固いな。

 〈カリナ〉も、夫に合わせて無理にしているんだろう。


 それにしても、〈カリナ〉のお腹は大きく膨らんだな。

 膨らんだお腹が目立ち過ぎて、まるでゲームに出てくるゴブリンの体形だ。

 気をつけなくてはいけない。

 ゴブリンの様だと言ったら、いくらご領主様でも袋叩きに会うだろう。


 「〈リク〉、〈カリナ〉、ただいま。二人とも元気そうで良かったよ。子供も順調そうで何よりだな」


 僕がこう言うと、〈リク〉は目尻を下げて顔を崩した。生まれてもいないのに、もう親馬鹿だよ。〈カリナ〉も、〈リク〉を見て幸せそうな顔をしている。


 二人を見ている〈リーツア〉さんが、何とも言えない顔だ。無表情にも見える。

 直接的な当事者ではないけど、嬉しいとか心配とか、色々な感情が渦巻いているのだろう。

 今は、心配の方が勝っている感じだな。

 生まれてくる孫より、息子の〈リク〉が気がなんだと思う。


 〈サトミ〉は、〈南国果物店〉が始めてなので、結構緊張しているようだ。

 〈リク〉と〈カリナ〉と〈リーツア〉さんは、《ラング》で会っているが、〈テラーア〉と〈シーチラ〉とは初対面だ。

 若干強張った顔で挨拶をしている。年が近いので仲良くなって欲しいものだ。



 一日目は、旅の疲れもあって、僕達は直ぐにベッドに潜り込んだ。

 でも次の日から、〈サトミ〉は一日中勉強漬けの生活に戻った。


 〈クルス〉が、付きっ切りで勉強を教えている。

 トイレに行く時にすれ違った〈サトミ〉は、まるで幽鬼のように見えた。

 ちょっとこれは、マズいんじゃないかな。

 〈クルス〉は賢い娘だけど、それが仇(あだ)となって、〈サトミ〉のストレスが理解出来ないのかも知れない。


 「〈タロ〉様、私は今日、《赤鳩》に行く用事があります。それで、今日は〈サトミ〉ちゃんをお願いしますね」


 ちょっと心配そうな顔で、〈クルス〉は〈リク〉の護衛で学舎町に向かっていった。

 心配されているのは、誰だろう。きっと〈サトミ〉なんだろう。


 「〈タロ〉様、よろしくお願いします。はぁーぁ、今日は、何の勉強をしたら良いの」


 「〈クルス〉から、勉強の内容は聞いているんだ。でも、それは無視しよう」


 「えっ、良いの、〈タロ〉様」


 「僕は伯爵様だから、当然良いんだ」


 「えっ、そんな理由で良いの」


 「そうだよ。だから今日は、〈サトミ〉と二人切りで遊びに行こう」


 「あはぁ、〈タロ〉様と二人で遊ぶの」


 「そうだよ。どこか行きたい所はある」


 「うーん、〈サトミ〉は王都を知らないから、分かんないよ。〈タロ〉様にお任せします」


 「それじゃ。馬に乗って少し遠出をしよう」


 〈サトミ〉は、部屋に籠り切りで勉強していたから、戸外でリフレッシュさせてあげたい。


 王都の繁華街も考えたけど、ある程度慣れてないと、疲れるだけになってしまう。

 これは、僕が《ラング》から、王都へ来たときの体験に基づいている。

 だから、確かなことなんだ。


 貸し馬車屋から、馬を一頭借りて、王都の門を出て行った。〈サトミ〉とのデートを楽しもう。

 〈サトミ〉に、服を買ってあげようと思ったが、乗馬服を持ってきてた。

 これからは、あまり必要とならない服を、わざわざ王都まで持ってきていたんだな。

 〈サトミ〉は、馬と離れた暮らしになることを、ちゃんと理解しているのかな。

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