第359話 アイドルグループ

 ただ、三人とも、モジモジして歌う気配がない。

 これじゃ、何時まで経っても、糾弾出来ないじゃないか。

 もう魂が、プスプスと煙を吐いて燃え尽きそうだ。

 僕の正義の魂は、小さくて湿っているんだよ。


 「三人とも勇気がないな。仕方がない。指名するぞ。〈アコ〉が最初の生贄(いけにえ)だ」


 「はぁ、生贄ってなんですの。ふぅ、ご指名されましたので、歌いますわ」


 〈アコ〉の歌は、やっぱり上手だと思う。胸とお尻が大きいからか、音量があるんだ。

 少しオペラ歌手っぽい感じだ。プルプルと震えて反響するんだと思う。

 むむ、糾弾するところがない。無念である。


 気分は良くないが、褒めるしかないな。〈クルス〉も〈サトミ〉も、褒めていた。

 僕の時と全然違うじゃないか。おかしいよ。不公平だよ。


 その後、〈クルス〉も〈サトミ〉も歌ったけど、二人も良い線いってた。

 〈クルス〉は、小さいけど透き通るような声をしている。

 〈サトミ〉は、可愛いらしい声でリズムが良い感じだ。


 誰も糾弾出来ないじゃないか。正義が行使出来ない。

 巨悪がこの世に、蔓延(はびこ)ってしまうぞ。


 それどころか。許嫁達三人は、僕に《牧場のあの子は猫みたい》を演奏しろと言ってきた。

 少し歌が上手いと思って、調子に乗っているな。

 気は乗らないけど、リュートを弾いてやろう。僕の心は、この海より大きいんだ。

 包容力が桁(けた)違いなんだ。桁は少ない方じゃないぞ。


 許嫁達三人は、リュートのメロディーに乗って、歌いながら踊り出した。

 歌声は、僕をからかっている感じだ。僕を誘っているような、甘い声だと思う。

 〈アコ〉は、僕に向けてウインクをしてくる。

 〈クルス〉は、僕の方へ手を伸ばして手の平を振っている。

 〈サトミ〉は、僕を意識してお尻を突き出しているように見える。


 踊りは、吃驚するほど大胆だと思う。回転する動作が、とても激しい。

 躊躇しないで、思いっきりスカートを翻(ひるがえ)している。

 回転するたびにチラリと見える、三人の白い太ももが、眩しくて仕方がない。

 点滅する光のように、幻惑されてしまう。


 三人と僕が織りなす、この空間は何だろう。

 押しのアイドルグループと、ただ一人のファンのライブなんだろうか。

 ただ一人のファンのために、歌い踊ってくれている。


 それも、セクシーな仕草も厭(いと)わないんだ。

 清楚系より、少しアダルト寄りだと言えるだろう。もちのろんで、好物ではある。

 ふむふむ。野外では、この位のお色気が丁度良いと考察させて頂こう。


 何だよ。すごく良いんじゃないか。可愛いは正義だ。チラリは王道だ。

 ここには、正道と正統が満ち溢れている。巨悪は勢力を減衰し、世界平和が守護された瞬間だ。

 祝おう。スケベの神様に、新な巫女の降臨を祝福して頂こう。


 滂沱(ぼうだ)の如(ごと)く、涙が僕の頬をとめどなく流れていく。


 「どうされたのです。急に泣き出されて」


 「〈タロ〉様、いきなり過ぎですわ。何があったのですか」


 「ふぁあ、〈タロ〉様。どうして泣いているの。〈サトミ〉が慰めてあげようか」


 「いや、何でもないんだ。いや、何でもあるんだ。神なんだよ。神の御業(みわざ)に触れたんだよ」


 「ふぅ、〈タロ〉様。それほど髪に触りたいのですか。触らせてあげますから、もう泣かないでください」


 「〈タロ〉様は、困ったちゃんですわ。優しくしてあげますから、泣かないで良いのですよ」


 「〈サトミ〉の髪を、もっと触って良いんだよ。嫌がってないよ、〈タロ〉様」


 ライブは、泣くほどの感動のうちに終わった。だが、齟齬(そご)が生じている。

 アイドルとファンの関係は難しい。

 想いのベクトルが、活動して行くうちに変質をしてしまうんだと思う。


 このユニットは、いつまで活動を続けてくれるんだろう。

 僕の寝室では、活動してくれないだろう。良くても、単体だろう。

 4Pは、ハードルが高過ぎる。無謀だ。


 それからの航海は、変化のない毎日を過ごした。


 午前中は、鍛錬のメニューを一人で黙々とこなしている。

 自分の洗脳され具合に戦慄が走るし、淋し過ぎる。疑いもなく、ボッチだ。


 午後は、リュートの練習と、アイドルグループのライブ鑑賞に時間を費(つい)やした。

 三人組のアイドルグループの名前はない。これからもないだろう。


 〈サトミ〉は、はぼ一日中勉強させられている。午後の数時間しか、息抜きがない。

 悲しい目をしていると思う。重たい荷物を引かされているロバの目だ。

 つぶらな瞳に、暗い影が差している。


 「ご領主様、お許しください」と幻聴が聞こえてきた。


 息抜きの時だけ、キラキラと目が輝き出す。

 僕がライブを、前のめりになって見ていると、特に嬉しそうだ。僕も嬉しい。

 ニタニタと太ももを見てしまう。ピシピシと目が充血するまで、凝視してあげよう。


 〈アコ〉と〈クルス〉は、最初は余裕だった。友達の〈サトミ〉のために頑張っていたと思う。

 使命感に燃えていたのだろう。でも航海の最後の方は、たぶん疲れていた感じだ。

 〈サトミ〉の手前、疲労を見せないようにしているようだった。


 〈サトミ〉と一緒で、ライブの時だけ生き生きとしてた。

 やっぱりアイドルは、皆を幸福にするんだな。

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