第351話 エプロン

  赤い耳をペロッと舐めてみよう。


 「きゃっ、耳はダメなんです。何回も言ったはずですよ」


 「赤いから、甘いと思ったんだよ。思ったとおり、少し甘かったよ」


 「もう、〈タロ〉様。そんなはずありません。私は甘くないです」


 「そうかな。こんな風に胸を触ったら、甘い声を出してくれるんじゃないのか」


 「いゃ、〈タロ〉様、んもう、止めてください。食堂ですよ。こんなエッチなことをしないでください」


 「そう言うなよ。僕は〈クルス〉が好きだから、触りたくなっちゃうんだよ」


 「んんう、好き、って言ってもダメです。私は、そんなに甘くないですよ。それより、タルトが焼き上がりそうなので、離してください。焦げたら、〈タロ〉様も嫌でしょう」


 「うーん、しょうがいないな」


 僕は、渋々〈クルス〉を離した。〈クルス〉の柔らかい身体が、名残惜しいな。

 〈クルス〉は、僕を睨みながら、少し乱れた服を直した。

 そして、竈を覗いて焼け具合を確かめている。

 竈からは、プーンと焼けたお菓子の甘い香りが漂ってきた。


 「〈タロ〉様、上手く焼き上がったみたいです。どうぞ、食べてください」


 〈クルス〉は、切り分けたタルトを、皿に乗せて持ってきてくれた。


 「おぉ、良い匂いだ。〈クルス〉は、お菓子作りも上手なんだな」


 「うふ、それほど、上手じゃありませんよ。〈タロ〉様の、お口に合うと良いのですが」


 「それじゃ、頂きます」


 〈クルス〉の作ったタルトは。生地はサクサクで、上のチーズケーキは、とてもクリーミーだ。

 二層構造で、ダブルで美味しい。違った触感が、楽しめるのも良いな。

 チーズの風味も素晴らしくて、幸福の二重奏、三重奏になっているぞ。


 「〈クルス〉、これはすごいな。とっても美味しいよ。〈クルス〉がお嫁に来たら、いつでも食べられんだな。贅沢なことだよ」


 「もう、〈タロ〉様。褒め過ぎです。また、顔が赤くなります」


 〈クルス〉の顔は真っ赤になっている。エッチなこと以外でも、顔は赤くなるんだな。

 新しい発見だ。


 「〈クルス〉、もう一切れ貰っても良いかな」


 「もちろん、良いです。〈タロ〉様のために作ったのですよ」


 僕は、もう一切れ食べて、〈クルス〉も一切れ食べていた。

 〈クルス〉は上手く作れたためか、僕が二切れ食べたためか、ニマニマと嬉しそうに食べていた。

 ただ、タルトは残っているけど、もう食べられない。チーズが結構腹にくるんだ。


 お菓子を食べ終えて、〈クルス〉は洗い物をしている。

 エプロンをつけて、ルンルンと腰を振っているのは、新妻そのものだ。


 洗い物をしている新妻を、背後から襲うのは、鉄板のお約束だと思う。

 当然、〈クルス〉も期待しているだろう。

 僕には、〈クルス〉の期待に応える義務があると思う。 

 道徳上、普遍・必然になすべきことである。道徳なんだ。


 僕は、静かに〈クルス〉へ近づいて、おっぱいの辺りを抱きしめた。

 頬は〈クルス〉の頬に、ピッタと付けてあげる。

 そして、下半身もピッタリと引っ付けたから、すごい密着状態だ。

 新妻を襲う体勢としては、一部の隙もないと思う。


 「はぁ、〈タロ〉様の行動は、思ったとおりですね。こうされる気がしていました」


 ほぉー、やっぱり、〈クルス〉は予想してたのか。

 言い換えれば、こうされることを受け入れているんだな。


 「僕は犬のように単純だからな。わんわん」


 「ふっ、可愛いふりしてもダメですよ。狼さん。洗うのに邪魔ですので、離してください」


 「えぇー、少しぐらい良いだろう」


 「んん、胸を揉まれながら、洗えないですよ」


 「ちょっと、揉むだけだよ。後は、キスするだけだよ」


 「んん、もう。後にしてください。洗い物が終わったら、お相手をしますから。今は離してください」


 「本当に、終わったら相手をしてくれるんだな」


 「しょうがないので、お相手をします。でも少しだけですよ」


 こう言われたら、解放するしかないな。

 〈クルス〉が譲歩しているのに、僕が何も譲らないのでは、二人の関係が破綻してしまう。

 あまりにもしつこいのは、嫌われてしまうってことだ。


 「〈タロ〉様、洗いものは終わりました。でも、もう直ぐ家の人達が帰ってきますので、少しだけですよ。分かって頂けますか」


 「分かっているって、早くこっちへ来てよ」


 「はぁー、本当に少しだけですよ」


 〈クルス〉は、白いエプロンを外して、僕の方へ近づいてきた。

 〈クルス〉は照れているような、恥ずかしいような、複雑な顔をしている。

 僕は取り敢えず、〈クルス〉をガバッと抱きしめた。

 何をするにも、まず抱きしめるのが基本だと思う。


 「ねぇ、〈タロ〉様。家の人達が留守の間に、私は今、〈タロ〉様に抱きしめられているのですね」


 〈クルス〉は、僕に抱かれながら、少し僕を見上げて話してくる。


 「そうだよ」


 「とても不思議な感じがします。家の人達がいない時、昔の私は、ベッドの上で何を考えていたのでしょう。ろくなことじゃなかったと思います」


 「そうか。辛かったんだね」


 「辛いとは、少し違いますね。諦めていたのだと思います」

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