第350話 お試し

 でも、暇だな。何もすることがないぞ。


 「〈クルス〉、何か手伝おうか」


 「いえ、手伝いは必要ありません。少し待ってください」


 うーん、そうなんだ。でも、暇過ぎるぞ。

 僕はいつも忙しいから、こんなに暇だと落ち着かないな。根っからの貧乏性なんだろう。


 僕はあまりにも暇だから、好奇心に負けてしまったんだ。僕は何も悪くない。

 この暇が全ての元凶なんだ。そろりそろりと、近づいて、〈クルス〉のウエストを両手で握った。


 「ひゃー、止めて、〈タロ〉様。急に何をするのですか。心臓が止まってしまいます」


 〈クルス〉が、僕を思い切り睨んでいる。相当怒っているようだ。

 突然だから、死ぬほど驚いたんだろうな。


 「ごめん、〈クルス〉。〈クルス〉の腰があんまり細かったんで、測ろうと思ったんだよ」


 〈クルス〉のウエストは、両手なら、もう少しで握れるほど細かった。

 胃や腸の内臓は、ちゃんと入っているのだろうか。すごく心配だ。


 「はぁ、私の腰を測ってどうされるのですか」


 「ほんの好奇心だよ」


 「はぁー、もう良いですから、大人しくしててくださいね」


 僕は次に、お尻を触るか、スカートを捲ろうかと考えていたんだ。

 でも、〈クルス〉に怒られて、そんな雰囲気じゃなくなってしまった。

 最初にウエストにいかないで、お尻にしておいたら良かったな。


 僕がぼーっと椅子に腰をかけていたら、〈クルス〉が話かけてきた。


 「〈タロ〉様、そんなに落ち込まないでください。私は怒ってはいませんよ。手持ち無沙汰なら、これを混ぜて頂けますか」


 〈クルス〉には、叱られてうずくまっている、子犬に見えたんだろうな。

 憐れみをかけて頂いたよ。


 「そうか、分かったよ。わんわん。これを混ぜたら良いんだな」


 「はぁー、〈タロ〉様。その「わんわん」はなんですか。可愛いですけど」


 「いやー、忠実さを表現したんだよ」


 「うふ、そうですか。今日の〈タロ〉様は、私の下僕(しもべ)なのですか」


 「エッチなことは、しないでよ」


 「はー、しません。逆でしょう。されているのは、いつも私の方ですよ。全く、もう」


 「ははは、そう怒るなよ」


 「ふぅ、もう良いですから。そのチーズを、良くかき混ぜてください」


 「わんわん。了解です」


 「うふふ、頼みましたよ。可愛いわんちゃん」


 必死にかき混ぜる僕を、〈クルス〉はニコニコと笑って見ていた。

 その間も〈クルス〉は、叩き潰したクッキーを金属の型に、敷き詰めている。

 やっぱり、〈クルス〉は料理が上手なんだな。何も分からない僕が見ても、手際が良いと思う。

 手が、ためらうことなく動いている。


 「〈タロ〉様、もうそのぐらいで結構です。器を渡してください」


 〈クルス〉は、金属の型に僕が混ぜたチーズと、溶いた卵とクリームらしきものを入れている。

 他にも入れているようだけど、僕には、それが何かは分からなかった。


 「〈タロ〉様、これを竈(かまど)で焼いたら出来上がりです。少し待っていてください」


 「わんわん。了解です」


 「うふふ、〈タロ〉様。それを何時まで続けるのですか。お茶を入れますので、焼き上がるまで、ゆっくりしてください」


 〈クルス〉は、お茶を入れて、僕の対面に座った。

 でも、僕は今、忠実な下僕の犬だ。ご主人様の横に、控えている必要がある。それも直ぐ傍にだ。

 僕は、〈クルス〉の座っている椅子に、無理やり腰かけた。相当狭いけど、何とか座れる。


 「あっ、ちょっと。〈タロ〉様無理です。狭過ぎますよ」


 「そうか。それじゃこうしよう」


 僕は、〈クルス〉を抱え上げて、僕の膝の上に座らせた。これで狭くはなくなったな。

 課題はクリアしたぞ。


 「いゃー、何するんですか。〈タロ〉様、私を直ぐ、降ろしてください」


 僕は〈クルス〉の身体を、後ろからしっかりと抱きしめている。

 〈クルス〉は、ジタバタ動いているけど、力の差で僕の拘束からは逃れられない。


 「そう言うなよ。〈クルス〉が新妻みたいで、後ろから襲ってみたくなったんだ」


 「んんう、私は、まだ新妻ではありません。もう少し先の話です」


 「今日は、お試しと言うことで、どうかな」


 「んん、そんなのおかしいですよ。お試しは許可しません」


 僕は、〈クルス〉の言葉を遮って、〈クルス〉の顎を掴んで僕の方に向かせた。


 「んん、〈タロ〉様、強引です」


 〈クルス〉は、そう言って僕の目を見詰めてくる。〈クルス〉は、今、何を思っているんだろう。

 でも、やることは一つだ。僕は、〈クルス〉の頭を抱えながら、唇を奪った。


 〈クルス〉は、僕の唇が触れる前に、瞳を閉じたと思う。後、だったかも知れない。

 僕は、そのまま貪るように、〈クルス〉とキスを続けた。


 「ふはぁ、〈タロ〉様、強引で激しいです。先ほどの可愛いわんちゃんは、どうなったのですか」


 「うーん、子犬じゃなくて、狼だったんだ。〈クルス〉を、美味しく食べようとしているんだよ」


 「えぇ、私を食べたいのですか。そんなこと言わないでください。顔が火照(ほて)ってしまいます」


 ほんとだ。〈クルス〉の顔が真っ赤だ。耳も真っ赤になっている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る