第349話 好意

 「うふ、〈タロ〉様は、〈サトミ〉ちゃんのことを、良く分かっておられますね。私もそう思います。ですので、私は《若草立女館》が良いと思います。〈ドリー〉さんが、いっていらした学舎ですので、その面でもお勧めです」


 「そうなんだ。〈ドリー〉の母校なのか。そういう縁があると、〈サトミ〉も選択しやすいだろう。そこで決まりだな」


 「はい。ただ、〈タロ〉様、懸念はあるのです。今年の受験者の動向によっては、〈サトミ〉ちゃんが受かるとは限りません。〈サトミ〉ちゃんの学力は、その程度なのですよ」


 はぁー、そうなのか。〈サトミ〉は学舎に落っこちたら、滅茶苦茶落ち込むだろうな。

 期待に応えられなかったと自分を責めて、ずっと悲しい顔をしているだろう。

 笑顔が見れるのは、長い時間がかかると思う。


 この世界には、義務教育は存在しない。

 貴族と金持ちと、学力優秀者の選ばれた者だけが、学ぶことが出来る仕組みとなっている。

 〈サトミ〉も、今貴族だったら、《白鶴》に入れるんだけどな。

 結婚して、貴族になってからじゃ間に合わないよ。


 「〈クルス〉、ありがとう。それに、〈サトミ〉の勉強を見てくれて、助かったよ。感謝するよ」


 「いいえ。〈タロ〉様。私に、お礼をするのはおかしいです。〈サトミ〉ちゃんは、私の親友なので助けているのです。〈タロ〉様のために、しているのではありません」


 「そうなんだろうが、僕の至らない点を補ってくれたのは、事実だよ」


 「でも…… 」


 「そうだ。〈クルス〉の希望を一つ叶えてあげるよ。これは、お礼じゃなくて、僕から〈クルス〉への好意だよ」


 「〈タロ〉様からの好意ですか」


 「そうだよ」


 「ふぅ、〈タロ〉様、狡いです。好意を頂いたのに、無視出来ないじゃないですか」


 「えぇー、狡くないよ。〈クルス〉は不満なの」


 「はい、不満です。好意は、もっと直接言って欲しいですね。でも、今回は我慢してあげます」


 「ふへぇ、そうなんだ」


 前は従順だったと思うけど、〈クルス〉も、最近は言うようになってきた。

 結婚してからが、少し怖い。結婚したら、もっと変わってしまうかも知れないな。


 「ふふふ、〈タロ〉様からの、せっかくのお申し出なので、私の希望を言いますね」


 「なんでも言ってくれ」


 「それでは、私の家に来てください」


 「へっ、それで良いの。家に行ってどうするの」


 「私が作った、お菓子を食べて欲しいのです」


 「へっ、それが〈クルス〉の希望なの」


 僕に、お菓子を食べさすのが、〈クルス〉の望みなのか。全く理解出来ない。

 そんなの、いつでも出来ることじゃないか。〈クルス〉は、不思議なことを思っているんだな。


 「そうですよ。〈タロ〉様、叶えては頂けないのですか」


 「いや、そうじゃないよ。意外だっただけだよ」


 「それなら、決まりですね。早く行きましょうよ」


 僕と〈クルス〉は、〈クルス〉の家へと向かった。

 〈クサィン〉と〈クルス〉の母親と妹と弟の、他の家族は留守のようだ。

 僕は食堂に通されて、椅子に座って待っているように言われている。


 「〈クルス〉、他の家族はどうしたんだ」


 「確か、新町に出来た料理屋さんに、家族で食事に行っていますよ」


 「えっ、そうなのか。僕が〈クルス〉を呼び出したから、一緒に行けなかったんだな。ごめんよ、〈クルス〉」


 「えっ、〈タロ〉様が、どうして謝るのですか。呼び出しがなくても、私はたぶん行っていませんよ」


 「へっ、そうなの」


 「不思議そうな顔をされていますね。でも、自然なことだと思いますよ。私は以前、ベッドで過ごすことが多かったので、他の家族とは違うのです」


 えぇー、これって自然なのか。家族の中で、一人だけ違う行動をするんだぞ。

 もう元気になっているのに。家族の一員じゃないって感じになるぞ。

 〈クルス〉の家は、少し複雑だけど、これで良いのかな。大きく、何か違う気がする。

 〈クルス〉は、とても孤独なんじゃないのか。これは、簡単には触れられない話だな。


 「ところで、〈クルス〉。何を食べさせてくれるんだ」


 「ふふふ、なんでしょうね。気になりますか」


 〈クルス〉は、笑っているから、気にしていないんだな。

 〈クルス〉がそうなら、僕も気にするのは、今はもう止めよう。


 「そりゃ気になるよ」


 「ふふ、そうなのですか。でも秘密です。お楽しみですよ」


 何だか、いやに機嫌が良いな。でも、もったいぶり過ぎじゃないかな。

 自分で、美味しさのハードルを上げ過ぎだと思う。それか、よっぽど自信があるのか。


 〈クルス〉は、白いエプロンをつけて、ガシガシとクッキーみたいな物を砕いている。

 後ろ姿の、エプロンの蝶々結びが左右に揺れて、とっても可愛らしい。

 形の良いお尻も右左に揺れて、誘っているようで、とてもいやらしい。


 それにしても、〈クルス〉のウエストは、本当に細いな。ポッキリと、折れてしまいそうだ。

 一度、試してみたい気がしてくる。簡単に折れそうだよ。

 ただ、それをすると死んじゃうから、絶対してはいけない事なんだ。

 はぁー、僕は一体何を考えているんだろう。バカなんだろうな。

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