第347話 夢見るカピバラ
純朴過ぎるでは、済まされないレベルだぞ。はぁー、このおっちゃんも疲れるな。
デリカシーっていう言葉は、このおっちゃんの辞書にはないんだろうな。
スマホで検索しても、ブロックされているんじゃないか。全く悪気がないのも、困ったもんだ。
「新しい農場の様子はどうだ」
「ええ調子ですだ。だども、肥料が足りてねぇだ。農地を順番に、休ませる必要がありますだ」
「そうか。人間にも休息が必要なんだから、農地もそうなんだろう」
「そうですだ。〈タロ〉様は、良く知っておられるだ」
うーん、僕が知ってる。そう言えば、知ってるな。
「農長、農地を休ませるのは賛成だけど。肥料、鳥の糞が大量にある場所を知っているぞ」
「えぇーっと、いっぺえ鳥の糞があるだが。〈タロ〉様が、どうしてですだ」
「入り江の沖合に、鳥の糞で真っ白になった島があるんだ」
「はぁー、だども」
話すのが遅いから、まどろっこしいな。
「入り江に、外洋に行ける船が、一艘置いてあるんだ。島の場所は、船長に聞いてくれ。船長の居場所は、新町の《美しい肴の店》にいるはずだよ」
「あっ、その店なら、知ってますだ。おっかあに、行くなと言われているんだ。だども、今、行く用事が出来ただよ。〈タロ〉様、ありがとうですだ」
話すのが遅いと思っていたが、農長は一目散に町の方へ駆けて行った。
速い。速い。瞬く間に見えなくなった。おっちゃんのくせに、何て素早いんだ。
まるで、動物園から逃げ出した、夢見るカピバラだよ。
桃色の夢の世界を駆けているんだろう。
とぼけた顔をしているけど、時速五十㎞で走れるらしい。
ただ、飼育員のおっかあに、後で悪夢を見せられると思う。
真っ黒な世界をのたうち回るんだ。
生きていくのが辛くなるほどの、地獄の調教だと思うな。
あぁ、可哀そうな、おっちゃんカピバラ。
僕は良かれと思って、大変マズイことを言ったみたいだ。これは完全な不可抗力だと思う。
こんなこと、事前に分かるはずがないよ。
「〈タロ〉様、その新町にある《美しい肴の店》って、なんですの。私にも教えて欲しいですわ」
ひえぇー、肥料の場所を教えたことが、こんな悲劇を生むなんて。
八百万の神様でも、お釈迦様でも、キリスト様でも、知らなかったと思う。
意外過ぎる展開だ。このパチパチと降り注いでくる、火の粉をどう振り払おう。
〈アコ〉の目が怖いよ。目が据(す)わっているって、こういうことなんだ。
一つ勉強になったな。でも今は、そんな思考に逃げている場合じゃない。
僕は何も、やましいことはしてないのに。この目で睨まれると、途端に被告になってしまう。
なんで。
「あ、〈アコ〉、怒っているの」
「怒ってなどいませんわ。私はどんな店か、聞いただけです。何か私が怒ることをされたのですか」
嘘じゃん。声と目が、完全に怒っているじゃん。
「さ、されてません。決して、されてません、肴が美味しい店なだけだよ」
「ふん、それではどうして、農長さんの奥様が、出入り禁止にするのですか。〈タロ〉様、ちゃんと答えてください」
ひぇーん、〈アコ〉が怖いよ。農長のバカ野郎。余計なことを言いやがって、糞が。フンだ。
「本当に、怒られるようなことはないんだよ。疑うのなら、一緒に店に行っても良いよ」
「へぇ、一緒に行っても良いのですか」
「そうだよ。スルメがすごく美味しいんだ」
「へっ、スメルですか」
〈アコ〉の勢いは、店に連れて行くと言ったら、急速に萎(しぼ)んでいった。やれやれだ。
いかがわしい店だと、思っていたんだろう。
あの店は、中年以降には魔窟(まくつ)だけど、青年以下にはそれほど毒性はないからな。
いくら化けても、元の素材による年齢の限界が存在している。
〈アコ〉を連れて行っても、何とかなるだろう。
それから、僕と〈アコ〉は馬に乗って、水車と新農場を見て回った。
水車は、一杯増えていて、十基以上はあるようだ。壮観と言って良いと思う。
観光資源になりそうなほど、すごい迫力がある。特に夏は、良いかも知れないな。
新農場は広かった。どこまでも広がって、僕に安心を与えてくれる。
広い空間が何かで埋まっているのは、精神の安定にすごく寄与するな。
心が晴やかになって、明日への希望が持てるぞ。
気分良く馬で巡っていたが、〈アコ〉がモゾモゾしてくるので落ち着かない。
僕のあそこを、そんなに刺激しないで欲しい。僕の下着を、ゴワゴワにするつもりなのか。
責任を取って、洗濯して貰うぞ。
「〈アコ〉、止めてくれよ。お尻を動かさないで欲しいんだ」
「んんう。それは、〈タロ〉様がいけないのです。破れ目を狙って、当てていますわ。そこは下着だけなので、熱いのを直に感じるんです」
「えー、狙ってないよ。〈アコ〉が動かすから、破れ目に入っちゃうんだよ」
「まあ、私のせいにするのですか。〈タロ〉様が、小さくすれば良いだけですわ」
「〈アコ〉の柔らかいお尻で、グニグニされているんだ。大きくなるのは止められないよ」
「はぁ、グニグニってなんですか。私はそんな、はしたないことは、しておりませんわ。〈タロ〉様が我慢したら良いんです」
「そんな無理だよ」
そんな言い争いをしているうちに、町に帰って来た。
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