第343話 パンツスーツ

 船長は、 《入り江の姉御》の母親の、年を知っているんだろうか。

 もちのろんで、知ってないんだろうな。

 船長の腹の中には、何が詰まっていたのか、ことが終わった後に聞いてみよう。

 いや、止めとこう。どうせ、グネグネしたもんだろう。


 「はい。ご領主様、温かいお酒とスメルだよ。スメルはあたいの手作りなのさ。おすすめの品だよ」


 ふぅ、温かいお酒が、僕の身体から寒気を追い払らってくれた。やっと人心地ついた気がするな。

 スメルって、スルメのことか。確かに匂うな。


 おぉー、これ、身がすごく厚いぞ。それなのに柔らかい。匂いは濃いけど、嫌な匂いじゃない。

 このスルメ、姉御がすすめるだけあって、絶品だ。甘みも旨味も、とっても濃いぞ。

 噛めば噛むほど、味がドンドン沸き出てくる。


 船長に変な店へ、連れてこられたと思ったけど、このスルメだけで帳消しだよ。

 確かにここは、《美しい肴の店》だと思う。肴が芸術品の域に達している。

 だから、美しいと表現して良いと思うな。


 「姉御、すごいな。このスルメ。美味過ぎるぞ。もっと食べさせて欲しいな」


 「ふっふっふ、ご領主様、気に入ったかい。あたいが、手ずからつくったんだ。美味しいに決まっているさ。濃い匂いも良いだろう。あたいの匂いと一緒なのさ。あたいのも濃くて、癖になるよ」


 「いや。あたいはいいから、スルメが欲しいんだ」


 「はぁ、ご領主様は、いつもつれないね。あたいより、スメルの匂いがお好みなのか。しょうがないね。追加のスメルだよ。他の肴も摘まんでみてよ」


 おぉ、えいヒレや貝ひも、みたいのもあるのか。これも美味そうだ。

 美味しい肴が、揃(そろ)っているな。姉御は怖いけど、またこよう。


 「姉御、聞くけど。こんなに早く、よく店が建てられたな」


 「うーん、例の塩漬け魚でお金はあったんだ。そんでもって、煉瓦職人の〈カリタ〉さんのところへ、毎日、「早くしてね」ってお願いに行ってたら、出来ちゃったんだ」


 塩漬け魚は、結構儲かっているんだ。ただ、何か不穏な感じがする話だな。

 「出来ちゃった」っていう言い方が、あかちゃんが出来たって感じに聞こえるぞ。


 「へぇー、〈カリタ〉のところへね」


 「そうなんだ。そしたら、〈ドリー〉っていう女が、怒りだして、順番が早くなったみたい。変だね。ふっふっ」


 やっぱり、姉御は怖えな。〈ドリー〉をわざと怒らせて、横入(よこはい)りしたんだな。

 「変だね」と言ってるけど、絶対に計画的だ。

 〈カリタ〉はともかく、〈ドリー〉を手玉に取るとは、えぐ過ぎるぞ。

 敵に回したら、酷い目に合わされそうだ。言い足りないな。

 「手段を択ばず、確実に酷い目に合わされる」だ。


 「姉御、ご馳走様。すごく美味しかったよ。開店祝いも兼ねて、多めに払っておくよ」


 「えー、ご領主様。もう帰っちゃうの。もっと、ゆっくりしていってよ」


 「いや。他のお客さんも来たから、姉御を独占出来ないよ。《美しい肴》は、一人だけのものじゃないだろう」


 「ふぅん、なんかやらしい言い方ね。あたいは、そんな浮気性じゃないわよ。それじゃ、沢山お金を頂いたので、スメルをお土産に持っててね」


 「若領主、俺はもっちと飲むよ」


 「あぁ、ほどほどにしておけよ。船長では、歯が立たないと思うな」


 「何言ってんだ。スメルぐらい噛み切れるわ」


 船長は、もうダメかも知れないな。妖狐母娘は、骨を抜くのも得意に違いない。

 船長が、骨抜きにされるのも、時間の問題だろう。

 腹まで開かれて、イグアナの一夜干しの出来上がりだ。ハエもたからないと思う。



 今日は、〈アコ〉が水車を見たいと言ったので、馬で見に行くことにした。


 「〈タロ〉様、馬に乗って、見に行くのですか。馬車ではダメなのでしょうか。私は乗馬服を持っていませんわ」


 「馬の方が、小回りが利くんだよ。それと、乗馬服じゃないけど、〈アコ〉のためのズボンはあるんだ」


 「えぇ、私のズボンがあるのですか。それは一体なぜなんでしょう。不思議ですわ」


 「〈クルス〉と《緑農学苑》の野外公園に行った時に、〈アコ〉の分も買っておいたんだ」


 「そうなのですか。〈クルス〉ちゃんと《緑農学苑》に、行ったのですか」


 「そうだよ。馬に乗って行ったから、ズボンが必要だったんだ」


 「分かりました。それでは着替えてきますわ」


 〈クルス〉ちゃんと行ったの、と〈アコ〉は確認してきたな。

 どういう意味で聞いたんだろう。〈アコ〉も行きたいのかな。


 「〈タロ〉様、着替えられましたわ。でも、少し小さいです」


 〈アコ〉が着替えてきた服は、簡単に言うとパンツスーツだ。


 ブラウスは、白色のシンプルなタイプで、清楚な印象を持たせているのだろう。

 角が丸い襟と、胸元のリボンで、少し可憐な感じも出していると思う。

 上着のジャケットには、縦に長い襟がついており、カチッとした大人のイメージを印象づてけいる。

 色は濃い青で、誠実さを強調しているが、ボタンの白色で明るさの演出も忘れてはいない。

 ボトムスも同色の濃い青だ。タイトな足首までのパンツだから、お固い感じがする。 

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