第342話 美しい肴
「偶然なんだろうけど、王国から近い港だったんだな」
「偶然じゃないぜぇ」
「偶然じゃないって、どういうことだ」
「若領主が殺った、〈ティモング〉伯爵はよぉ。《インラ国》でも、一番王国よりの領地なんだ。だから、あの戦争に一族をあげて参戦したみていだ」
あー、僕を殺人者みたいに言うなよ。戦争なんだから、しょうがないじゃないか。
好きで戦争に、行ったんじゃないぞ。
〈ティモング〉伯爵みたいな、戦争好きがいるのが悪いんだ。
跡継ぎも含めて、一族で戦争に来るなよ。
跡始末をさせられる、ストロベリーブロンドが可哀そうだ。
「殺った、って今度から言うな」
「うはぁ、分かったよぉ。そんな怖い顔をするなって。もう言わないって」
「まあ良い。それで、港の名前は何て言うんだ」
「《ビゴ》の港、って言うんだ。町が《ビゴ》って名なんだ」
《ビゴ》か。イチゴじゃないんだ。
「まあ、船長、ありがとう。少ししたら、そこへ行って貰うよ。ただ、奴隷じゃないぞ。酒を取りに行くだけだ」
「それもよぉ。分かっているって、万事任された」
うー、なんか心配だな。自分の思うように、事実をねじ曲げている気がするな。
イグアナの目のように、どこを見ているのか分からない。
「心配だな」
「でいじょうぶだ。それからよぉ。良い店をみつけたんだぁ。一仕事終わったんだから、一杯おごってくれよ」
あぁ、コイツの狙いはこれだったのか。昼間から飲むのか。
それに、何でコイツにおごる必要があるんだ。そんなこと、したくないな。
時間とお金の無駄としか言いようがない。でも、良い店って気になるな。
「どんな店なんだ」
「ヒィヒィヒ、そりゃよぉ、行ってみてのお楽しみだぁ。吃驚すること請け合うぜぇ」
うーん、気になるな。少しだけ覗いて見るか。
「分かった、分かった。おごるのは一杯だけだぞ」
「ヒィヒィ、そうこなくっちゃ。だからよぉ。若領主は好きなんだ」
ひぇー、好きって言うなよ。鳥肌が立って、全身に悪寒が走るよ。
「そうと決まれば、はえいとこ行くかぁ。寒いのも、一杯ひっかけりゃ、ふっ飛ぶってもんよ」
船長の案内で店の前までやって来た。店は新町にあって、当然新築だ。周りにはまだ何もない。
この店が、ポツンと一軒建っているだけだ。
ただ、良く見るとあちらこちらに、建物の基礎が出来上がりつつある。
雑貨屋の二号店もあるんだろうか。早くこの空間を埋めて欲しいな。怖くて堪らないよ。
気を取り直して、店の看板を見てみる。
そこには《美しい肴(さかな)の店》と書いてあった。
「美しい肴」って、なんだ。「美味しい肴」の間違いじゃないのか。
この店は大丈夫か。看板だけで心配になってくるな。
船長に連れてこられた、店だけのことはあるよ。
店に入ると、カウンター席が目に入った。他にも個室が、三つほどあるようだ。
「いらっしゃいませ。お二人様ですか」
「へへっ、そうなんだ、二人でぇ。また来てやったぜぇ」
「ふっふっふ、御贔屓(ごひいき)にして頂いて、ありがとうございます、船長さん」
「ヒィヒィ、《アコ》ちゃんの顔を見たくてさ。来っちゃたんだ」
げー、コイツ。かっこつけた話し方をしてやがる。かなり、かっこ悪いけど。気持も悪いな。
これじゃ、悪酔いしてしまうぞ。それに「《アコ》ちゃん」か。何か引っかかるな。
「ほっほっほ、船長さん。あたしも、お忘れでないよ」
「ヒィヒィ、もちのろん。《クルス》ちゃんもことも、忘れてないさ」
「もちろん」のことを「もちのろん」と言う神経が不気味だ。死語だよ。寒いよ。
神経が、よっぽど太くて毛むくじゃらなんだろう。
それに、今度は「《クルス》ちゃん」か。引っかかるな。
「ご領主様、お久しぶりだね。こっちへ帰ってきなしているんだね」
「お帰り、ご領主様。あたいに会えて、嬉しいだろう」
えぇ―、この二人は、 《入り江の姉御》と母親の妖狐母娘だ。
前に見た時より、ちょっと年が若く見えるぞ。
木の葉を山ごと引きちぎったのか。山火事を起こして、白い煙を大量発生させたのに違いない。
それに話し方を少し変えているな。
それで気付かなかったんだ。でも、この二人、どれだけ化ければ気が済むんだ。
悪寒が強くなって、震えが止まらないぞ。僕の方をあまり見ないでくれ。
ここに、許嫁達はいないから、僕の守り手がいないんだ。
「はぁー、 《入り江の姉御》と母親さんなんだよな」
「そうだよ。見たらお分かりだろう。浅瀬にフカ(サメ)みたいな、顔をしてなさるね」
全くそのとおりだ。意表を突かれて、サメに出会った気分だ。
ジタバタしたら、パクッとやられそうだよ。
「二人は、ここで何をしているんだ。漁はしていないの」
「ふっふっ、店の看板のとおりなんだ。あたい達は、「美しい肴」ってことさ。漁は弟達に任せているよ。この店の方が儲かるって計算さ」
「ヒィヒィ、俺が「美しい肴」ちゃんを、ちょっと摘まんでもいいかな」
「ほっほっ、船長さん、慌てなさんな。もっと馴染みならないと、あたしの心は開かないよ」
「《クルス》ちゃん、分かってるってさ。もっと店に通ったら、ガバッと開いてくれるんだろう」
「あたしは、魚の開きも得意なんだ。腹の中まで開いてみせるよ」
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