第330話 生涯をかけた役目

 僕は、おっぱいを合計四つ感じていた。


 〈クルス〉が背中に二つで、〈サトミ〉が左肘に一つで、〈アコ〉が右腕に一つだ。

 何時の日か、六つ同時に感じてみたいな。

 ああでもない。こうでもないと、考えたけど、良い案が浮かばなかった。

 これは人生の宿題としておこう。死を迎えるまでには解決したい。


 ふと、左肘のおっぱいに意識を戻すと、何かポタポタと水が落ちている感覚がする。

 いや。おっぱいじゃない、左肘そのものだ。雨でも降って来たのか。

 周りの人の気配も薄くなっている気もする。


 どうも終わったみたいだ。うーん、良かった。

 僕の精神へのダメージは、今回は何もなかったな。

 秘策が、ズバリ的中したと思う。


 安心して、目を開けると、しばらく何も見えない。

 目が光に慣れてくると、段々と物が見えてきた。


 やっぱり公演は終わっているようだ。周りには、殆ど人がいなくなっている。

 僕の腕を捕まえている〈サトミ〉は、どうしてだが、泣いているようだ。


 「〈サトミ〉、泣いているのか。何があったんだ」


 「〈タロ〉様、〈サトミ〉は感動したんだよ」


 「へっ、何に」


 「はぁ、決まっているでしょう。吟遊詩人の物語だよ」


 「そうなんだ」


 「ふぅ、〈サトミ〉は、憧れるんだ。〈タロ〉様は、物語のように、〈サトミ〉へ花冠を被せてくれるの」


 「うん。良かったら、今、被せようか」


 「はぁ、〈タロ〉様のバカ。今じゃないよ」


 「はぁ、〈タロ〉様は、女心を全く分かっていませんわ」


 「はぁ、私は心配になってきました。何と言ったら良いのでしょう」


 何だ。何だ。何だよ。皆して僕を、バカにしてんじゃないよ。

 普通に話していただけじゃないか。ちくしょう。後でリベジンしてやるからな。


 「何だよ。僕は悪くないぞ」


 許嫁達三人は、「ふー」と溜息をついて、薄笑いを浮かべている。

 その様子が、とても、とても、腹立たしい。

 僕対、許嫁達三人の構図が出来上がってしまっている。

 未来の結婚生活が、とても、とても、心配だ。


 一方的に僕が、虐められる予感がするぞ。どうにか回避が、出来ないものかな。


 「《ラング》伯爵様、お声をかけることをお許しください。吟遊詩人の〈クガィユ〉と申します。以後お見知りおきを。ご存知のように、《ラング》伯爵様の偉業を、暗示した物語を語っております。私の生涯をかけた役目と、勝手に自認しているところです」


 「ふぅん、偉業なの。あんまり持ち上げないで欲しいな。僕は注目をされたくないんだ。静かに暮らしたいんだよ」


 「はー、《ラング》伯爵様は、失礼ですがそれは無理だと思います。生まれ落ちられた星が許しません。でも、仰ることも分かりますので、これからは、もっと暗示を強めます。それでご容赦願います」


 暗示って言い方が、少し不穏だな。この人のことを、信じて良いんだろうか。


 「頼むよ」


 「承知いたしました。それとこれからのことですが、《ラング》伯爵様が追加された偉業、「海方面旅団長」「対抗戦戦での活躍」「《インラ》国の奴隷」を盛り込んでよろしいでしょうか」


 はぁー、三つとも偉業でも、何でもないじゃないか。

 単に話を面白くしたいだけだろう。

 同じ話じゃ観衆に、飽きられるってことだろう。

 やっぱり、この吟遊詩人は信用できないわ。

 「ニカッ」っていう笑い方が、変にベトついて、薄気味悪かったもの。


 「私は反対ですわ。《インラ》国の奴隷の話は、絶対に盛り込まないでください。他の話は良いですけど、それだけは反対ですわ」


 「諸手を上げて賛成します。奴隷の人の話は、断じていけません。旅団長と対抗戦は、問題ありませんが、奴隷の人の件は大いに問題があります」


 「〈サトミ〉は良く分からないけど、奴隷の人は良くない気がします。許せないです」


 えぇー、奴隷の方の件は、反対で構わないけど、他も反対してくれよ。

 これじゃ、他は認めたことになってしまうよ。

 それに〈サトミ〉は、知らないのに、許せないってどういうことだ。

 僕は何にもしてないのに。おかしいよ。


 「そうですか。良く分かりました。《インラ》国の奴隷の話は誓って盛り込みません。安心してください」


 「ち、ちょっと待って」


 「分かって頂けましたか。有難いことですわ」


 「ほっとしました。変な評判が、立たなくて良かったです」


 「〈サトミ〉は、安心したよ」


 僕の「ちょっと待って」コールを遮って、許嫁達三人が了承を与えてしまった。

 「有難い」「良かった」「安心」って、どういうことだ。

 この吟遊詩人は、僕のプライバシーを面白可笑しく脚色して、金儲けをしているんだぞ。


 許嫁達は集団催眠に、かかったままなのか。

 精神操作系の呪術に、踊らされているんだろうか。


 吟遊詩人は、深々と頭を下げて、後片付けに行ってしまった。

 それを、許嫁達はにこやかに見送っている。


 「さっきの追加の話だけど」


 「はぁ、〈タロ〉様は、奴隷の話を盛り込ませたいのですか」


 「そうじゃないよ」


 「それなら、問題ありません。吟遊詩人の方が、約束してくれましたわ」


 「そうだよ、〈タロ〉様。〈サトミ〉も、ちゃんと聞いていたもん」


 あぁ、これはダメだな。言えば言うほど、良くない方に向かっていくぞ。

 潔く諦めた方が良いのかも知れない。


 でもどうしてか、僕はすごく誤解されている気がする。

 浮気する気なんて、少しもないのに。

 透けたストロベリーブロンドを見ただけだ。


 ただ、良い方に考えれば、嫉妬してくれているんだと思う。

 でも、喜んで良いとも思えない。

 信頼されていなっいってことでもあるな。

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