第329話 親指を立てて

 〈ドリー〉は、身体中真っ赤になって、逃げるように出て行った。

 〈カリタ〉は、手を引っ張られながらも、僕に親指を立てている。

 僕も、〈カリタ〉に親指を立てて、エールを送っておいた。


 僕は三人だから、〈カリタ〉は心配してくれているのかも知れないな。

 一日おきに休養が、必要と教えてくれたのかも知れない。

 そうじゃないと、親指のように反り返って立たないと、教えてくれたのだろう。

 でもたぶん、違うと思う。僕の考え過ぎだと思う。

 〈カリタ〉と〈ドリー〉の立ち位置が、夜は逆転するだけだと思う。


 吟遊詩人が、《ラング領》にも来ているらしい。

 〈サトミ〉が、見に行きたいとしつこく言ってくる。


 「ねぇ、〈タロ〉様。吟遊詩人を見に行こうよ」


 「あぁ、吟遊詩人か。もう王都で見たし、内容がな」


 「ねぇ、ねぇ、〈タロ〉様。〈サトミ〉はまだ見てないよ。それに〈サトミ〉らしい登場人物も、いるみたいなんだ。行きたいよ」


 「えぇー、見たくないな、〈サトミ〉が一人で、行ったら良いじゃないか」


 「ううん、〈タロ〉様と一緒に見たいの」


 〈サトミ〉は、顔の前で両手を合わせて、また、お願いのポーズをしている。

 上目遣いで、僕の顔をチラチラ見てくる。あざと過ぎるぞ。


 「はぁー、降参だよ。〈サトミ〉と一緒に行くよ」


 「わぁー、〈タロ〉様、ありがとう。大好き」


 〈サトミ〉は、僕の首に抱き着いてきた。顔は喜びに溢れている。

 吟遊詩人は見に行けるし、僕が〈サトミ〉の、思い通りになったためだろう。

 僕は、これからも攻略され続けるんだろうな。チョロ過ぎだよ。


 吟遊詩人は、結局、〈アコ〉と〈クルス〉も一緒に見に行くことになった。

 〈サトミ〉の言うには、大勢で見た方が楽しいらしい。


 「〈タロ〉様、王都で見た時は、余韻(よいん)に浸る暇もありませんでしたわ。今回は逃げないでくださいよ」


 「〈タロ〉様は、すごい恥ずかしがり屋さんですね。気に過ぎですよ」


 うーん、二人とも相変わらずのメンタル強者だな。

 この強さは、一体どこから来るんだろう。謎が深い。


 「へぇー、〈タロ〉様は逃げたの。今日は〈サトミ〉が、捕まえておくね」


 はぁー、何のために僕を捕まえるんだ。何の得があるんだろう。


 「まあ、心配するなって。僕にも考えがあるんだ」


 「考えですか」


 「変なことを、考えていませんわね」


 「ふーん、吟遊詩人を見に行くだけだよ」


 吟遊詩人は、王都の時と同一の人物のようだ。

 緑色の羽がついた赤い三角帽を被り、リュートを脇に置いて椅子に腰かけている。

 もう一回目の公演は終えたのだろう。緑色の上着に汗が滲んで、色が変わった部分が見える。

 今日の靴は、ピカピカの金色だ。赤色から、変えたのか。儲かっているんだな。

 何回見ても、ド派手な格好だ。吟遊詩人は、目立ってナンボの商売なんだろう。


 二回目の公演なのに、観客が大勢集まっている。

 歌詞に出てくる「南の端の町」が、《ラング》の町をモデルにしていることを知っているらしい。

 それで、二回目なのに、これほど人気が高いんだろう。


 領民達は、吟遊詩人が巡業してくるのを待っていたんだな。

 僕がモデルと知っている可能性も高いと思う。心底嫌になる。

 僕達が、後ろで並んでいたら、最前列に行けるように道を開けられてしまった。

 そんな気遣いは必要ないのに。有難くもないし、大迷惑だよ。


 おまけに、吟遊詩人が僕の顔を見て、ニカッって笑いやがった。

 僕が喜んでいると思っているのか。僕は笑えないぞ。


 もう待てない。今から、考え抜いた秘策を試そう。

 簡単なことだ。耳栓をして、目をつぶっていれば良いんだ。


 僕は、綿を耳に詰めて、目を固く閉じた。一切の音が消えて、暗闇の中だ。

 これで、嫌な思いや、恥ずかしい思いをすることがなくなった。完璧だな。


 思っていなかった余得もある。

 僕が逃げないように、腕を捕まえている〈サトミ〉を強く感じるんだ。

 視覚も聴覚も封じられているため、触覚が鋭敏になっているんだろう。


 僕の肘に押し付けられている、〈サトミ〉のおっぱいをハッキリと感じる。 

 何てプルンプルンってしてんだろう。弾力に富んだ、こんにゃくプリンのようだ。

 肘でサワサワしたら、プルップルッとなるぞ。素晴らしいことだ。

 僕の秘策は簡単だけど、素晴らしい効果だ。


 観客に押されたのか、感極まったのか、二人が僕に引っ付いてきた。

 背中に〈クルス〉が、身体の右側に〈アコ〉が密着状態だ。


 強く押されたのだろう、〈クルス〉のおっぱいが、僕の背中に押し付けられている。

 二つの柔らかいものが、ありありと分かるぞ。触覚が、さらに鋭さを増しているようだ。

 何てプニュプニュってしてんだろう。黒蜜をかけた、わらび餅のようだ。

 背中を左右に振ったら、クニュクニュとなるぞ。うっさふくらさ。

 僕が触れているのは背中だけど、うっと、ふくらんださ。


 右側の〈アコ〉は、腕に絡んでもいなのに、おっぱいが当たっている。

 僕に引っ付いたら、自然と腕に、おっぱいが当たってしまうんだ。

 大きいから、やむを得ないと思うし、良いことだと思う。

 何てフニュフニュしてんだろう。ゼラチンで固めた、杏仁豆腐のようだ。

 腕を少し動かしただけで、ブルンブルンとなるぞ。真棒(ヂェン バン)だ。

 僕の棒は小さいけど、真棒(ヂェン バン)だ。 

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