第326話 連鎖

 僕の領主としての祝辞は、誰も聞いていないうちに終わった。

 〈ドリー〉と〈カリタ〉が、式が始まったら直ぐに泣き出してしまったんだ。

 おいおいと、ぽろぽろと泣いている。

 〈ドリー〉の母親も、大きな声で泣いている。よほど娘のことが心配だったんだろう。


 それで、列席者もそっちに気を取られて、僕の祝辞はまるで聞いていない。

 まあ、毎回同じようなことを、スピーチするだけだから良いんだけど。

 ただ、許嫁達も聞いていないのは、どういうことなんだろう。


 〈ドリー〉と〈カリタ〉は、誓いの契約でも泣いている。

 二人とも泣き過ぎてサインしないので、〈ウオィリ〉教師が困っていた。

 最後は、二人の手を〈ウオィリ〉教師が、代わりに動かしているようにも見えたぞ。


 「えっ、自署しなくても良いの」


 「めっ、ですわ。そんなことは、言わなくて良いのです」


 「二人とも、ペンを握っていましたよ。見えなかったのですか」


 「〈タロ〉様、つまらないことを言わないで。〈サトミ〉は、がっかりしちゃうよ」


 ふーん、どこかで地雷を踏んだのか。分からんな。ボロクソに、言われてしまったよ。

 ここは何とか、失地を回復しておこう。


 「〈ドリー〉も綺麗だけど、それより三人の方が、すごく綺麗だな。僕は鼻が高いよ」


 「また、めっ、ですわ。花嫁を褒めなくてどうするのですか」


 「〈タロ〉様、他の人に聞かれたら、良識がないと馬鹿にされますよ。気をつけてください」


 「〈タロ〉様、自慢みたいな話は止めてよ。今日の花嫁は、〈サトミ〉達じゃなくて、〈ドリー〉さんなんだよ」


 許嫁達三人は、僕をたしなめてはいるけど、目は怒ってはいない。

 隠そうとしているけど、嬉しそうに見える。

 適当に褒めるだけで良いんだから、本当に他愛もないな。


 〈ドリー〉と〈カリタ〉は、まだ泣き続けている。

 どれだけ泣いたら気が済むんだ。枯れることを知らないのか。

 誓いの契約書を、ロウソクの炎で燃やすのも大変だった。


 どうも、ロウソクの炎が、二人の涙で消えたみたいだ。そんなことって、あり得るのか。

 ファンタジーじゃないか。


 ようやく契約書を燃やし終えると、〈ドリー〉と〈カリタ〉は疲れ果てたようだ。

 緊張したんだろうし、泣き疲れたんだろう。限界なのかも知れない。

 結婚式の最中だと言うのに、目が虚ろになってしまっている。

 ボーっとなって、表情がなくなった。花嫁と花婿なのにな。


 こんな風で、結婚生活は上手くいくのか心配になるな。


 式の最後は、花嫁がかぶっている花冠を、投げ渡すという儀式だ。

 盛り上がる場面なのに、〈ドリー〉は無造作に花冠を投げてしまった。

 投げたというより、落としたに近い。ゴミを捨てるような、投げやりな感じだった。


 花冠を受け取ろうと待っていた、独身女性からは盛大なブーイングが起こったくらいだ。


 〈ドリー〉、初夜は大丈夫なのか。あっ、そうか。もう励んでいるから良いのか。


 〈ドリー〉の花冠は、式後の掃除に雇われている娘さんに渡った。

 花冠を待っていた女性には、全く届かなかったんだ。その場で捨ててしまったんだからな。


 娘さんは、貧しそうな服を着ている。もちろん、ドレスではない。作業着に近い服だ。

 華やかな式とは無縁で、掃除の日雇いで家計を助けているんだろう。

 〈ドリー〉の花冠は、娘さんが、大事そうに胸に抱えている。


 〈ドリー〉の捨てた花冠は、娘さんの宝物になったのかも知れないな。

 嬉しさが連鎖していくことを祈ろう。



 バルコニーの柵を乗り越えて、隣の部屋のバルコニーに降り立った。


 これを何回か繰り返して、目的の部屋にようやく到着だ。ちょっと危険だし、肌寒い。


 窓を静かに「コン」「コン」と叩く。開けてくれない。

 もう一度、窓を「コン」「コン」「コン」と叩く。まだ、開けてくれない。

 再び、窓を「コン」「コン」「コン」「コン」と叩く。


 部屋の中で、人が動く音がした。早く窓を開けて欲しい。寒いんだ。

 窓からベランダを覗いているようだ。もう開けてくれよ。顔が見えているだろう。


 「呆れましたわ、〈タロ〉様。こんな時間に。こんな所から」


 「そう言うなよ。中へ入るよ」


 「もう、しょうがありませんね」


 〈アコ〉は、困った顔で窓を開けてくれた。

 もう寝る時間なので、パジャマの上にガウンを羽織っている。

 僕は、〈アコ〉に近づいていく。


 「〈タロ〉様、私達はまだ結婚前ですわ。こんなことをされたら困ります」


 「そう言うなよ。少しくらい良いだろう」


 「少し、ってどういうことなんです」


 僕は言葉で返事はせずに、〈アコ〉を抱きしめた。これが僕の返事だ。


 「んんう、〈タロ〉様、こんなことをされたら、私困るんです」


 「どうして」


 「どうしてもですわ」


 「それにしても寒いな。〈アコ〉も寒いだろう」


 「それは寒いですわ。さっきまで、ベッドの中へ入っていたんですから」


 「それじゃ、ベッドの中へ入ろう。二人なら暖かいぞ」


 「はぁ、〈タロ〉様。何を言っているのですか。それはいけない事ですわ」


 僕は〈アコ〉をお姫様抱っこして、ベッドまで運んだ。

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