第325話 結婚式日和

 翌日、許嫁達を捜したけど、どこにも見当たらない。三人ともだ。

 まさか、僕を避けているのか。僕が何をしたっていうんだ。これからなのに。


 メイドの〈プテ〉に聞いたら、居所がようやく分かった。

 〈ドリー〉の結婚式の花冠を作りに行っているらしい。


 そうか、結婚式は明日だったな。僕も何か、お祝いをしなくちゃならないんだろうか。

 考えるのが邪魔くさい。もう現金にしておこう。現金の方が、汎用性に富んでいる。

 自由度が高いから、貰った方も、実は嬉しいはずだ。子供が出来たら、お金が結構必要だと思う。


 特にしたいことがないから、残っている執務を片づけることにしよう。

 今、執務を減らせば、先が楽になるはずだ。僕は何て健気なんだろう。

 館でコツコツ執務をしていると、恐れていた事態が起こってしまった。

 油断していたと思う。痛恨だ。


 「おぉ、ご領主。お暇そうですね。それなら、鍛錬をご一緒にしましょう。久ぶりに、私と手合わせをお願いしますよ。ははっ」


 〈ハパ〉先生に、爽やかに言われてしまった。

 〈ハパ〉先生に「お願いします」と言われたら、僕に断ることは出来ない。

 〈ハパ〉先生の顔を、曇らすようなことはしたくないんだ。

 いつも爽やかに、笑っていて欲しい。それが、〈ハパ〉先生なんだ。


 そう言うことで、午前中は鍛錬をする羽目になってしまった。

 結婚式とか行事がない日は、全てだ。長期休暇中なのに、毎回こうなってしまうな。

 あぁ、悲しいな。おぉ、辛い現実だ。


 僕は〈ハパ〉先生に、指の先から足の根元まで、懇切丁寧に打ち身をつくって頂いた。

 身体の隅々にだ。身体中が猛烈に痛いぞ。


 「亡き御父上から、〈タロ〉様に何があっても死ぬことがないようにしてやって欲しい、と言われております」


 〈ハパ〉先生は、この遺言的な言葉を、忠実に実践されておられるようだ。

 でも、僕はそのせいで、死にかけている気がする。

 この冬休みは、〈リク〉と〈サヤ〉がいない。だから、僕が集中砲火を浴びることとなる。

 一日目から、もう心が折れかけてしまった。先は長いのに。


 鍛錬のメンバーから、〈ハヅ〉も外れている。結婚するためらしい。

 僕も今、結婚するから、外して欲しいと思ったのは、〈ハパ〉先生には内緒だ。

 〈ハパ〉先生とのマンツーマンが続くと思ったが、しばらくすると兵士も鍛錬に参加しているのが分かってきた。

 そりゃそうか。〈ハパ〉先生の本業だもの。

 新しい兵士が沢山増えたから、訓練場がすごい熱気に包まれている。


 〈ハパ〉先生に「大変ですね」と聞いたら、「ははっ」と笑いながら「やりがいがあります」と清々しく仰った。

 本当に篤実な方だ。


 それから、しばらくしたら〈サヤ〉が、帰郷するらしい。

 兄の〈ハヅ〉の結婚式に、間に合うように帰ってくるみたいだ。

 その後は、もちろん鍛錬に参加する。中毒者だからな。

 帰ってこなくて良いのに。いや、帰って来たら鍛錬がましになるのか。

 それじゃ、早く帰ってこい。



 〈ドリー〉と〈カリタ〉の結婚式は、小春日和の日に行われた。


 澄み切った寒気の中、空はあくまでも青く、雲は輝くように白い。

 二人の純粋な思いが、空を突き抜けて、清らかな青を振りまいている。

 そして、思いを込めた吐息が、銀細工の様な雲に変っていく。

 二人の興奮と不安と情愛が、変化する度に形状を変えているようだ。


 少し肌寒いが、太陽が当たれば暖かい、結婚式日和だと思う。

 〈カリタ〉は、グレーの上等なんだけど、地味な服を着ている。

 まあ、〈カリタ〉には似合っているか。コイツが主役じゃないからな。

 引き立て役としては、良いチョイスだと思う。


 主役の〈ドリー〉は、純白のドレスに身を包んでいる。

 純白なのか。膨張色だよな。〈ドリー〉な巨大なお尻が、より大きく見えてしまわないか。


 ドレスに無理やり突っ込んだんだろう。

 純白に包まれた〈ドリー〉のお尻は、パンパンに張っている。

 今にも破れそうなドレスが、〈ドリー〉の大人の女性の魅力を加速させていると思う。

 危うい熟女の魅力だ。加速しているから賞味期限切れに注意だ。


 「〈タロ〉様、見ましたか。〈ドリー〉さんが、あんなに輝いていますわ」


 「〈ドリー〉さんは、満面の笑みですね。羨ましいです」


 「〈サトミ〉が知っている、いつもの〈ドリー〉さんとは、まるで違うね。とっても綺麗だよ」


 「そうだな。お尻が破けなければ良いんだが」


 「まあ、〈タロ〉様。どこを見ているのですか。いやらしいですわ」


 「はぁ、〈タロ〉様には呆れました。そんなことを言ってはいけません」


 「もう、〈タロ〉様は。女の人に言ったら失礼だよ。〈サトミ〉は、恥ずかしいよ」


 〈ドリー〉のつけている花冠は、薄いピンク色をしている。

 式の前日に、許嫁達三人も、手伝って造ったものだ。

 使われている花は、冬咲きのスイートピーだと思う。

 伸びやかで、ふんわりとした花冠に仕上がっている。


 〈ドリー〉に合っているかは、僕は良く知らない。それは、〈カリタ〉が考えることだと思う。

 僕は、その時が来たなら、許嫁達三人のことを考えよう。

 それ以上の役目は僕にはないし、他の花嫁のことを考えるのは僭越だと思う。


 許嫁達は、花冠を造った話をしている。花冠造りは、やはり楽しいものみたいだ。

 花嫁の嬉しさが、手伝った人に伝わるのかも知れない。

 花嫁の溜息へ染み出た幸せが、きっと連鎖していくのだろう。

 幾人もに伝わった嬉しさが、最後は花嫁へと帰って、花冠が完成するのだと思う。 

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