第324話 風魔法

 「はぁー、「かくまえ」ってどういうことだ」


 「朕の彼女〈サァラァサィ〉から、かくまうんだ」


 「はぁー、彼女なら、隠れる必要はないだろうが」


 「何を言っているんだ、バカか。さっきの光景をみただろう。あんなことを、もうされたくないんだよ。そんなことも分からないほど、間抜けなのか」


 彼女から、隠れるってどういうことだよ。それはもう、彼女じゃない。ストーカーだよ。

 意味が分からん。


 「〈タロ〉様、今、「天跳駒」様は何を言われているの」


 「どうも、さっきの雌から、かくまって欲しいらしい」


 「そうなんだ。〈タロ〉様、お願い。かくまってあげて」


 〈サトミ〉は、顔の前で両手を合わせて、お願いのポーズをしている。

 上目遣いで、僕の顔をチラチラ見てくる。可愛すぎるぞ。

 僕は思わず〈サトミ〉を抱きしめて、「分かったよ」と言ってしまった。


 〈サトミ〉のチャームの術には、どうしても逆らえない。

 もう、僕の脳髄にどっぷり浸透してしまっているな。


 「でも、グルグル。その角が目立ち過ぎて、大騒動になるけど良いのか。直ぐに見つかってしまうぞ」


 「はぁ、グルグルとは失礼千万な下郎だ。だが、今は火急の事態だから不問にしてやろう。朕の度量は海よりも広いからな。朕は神獣だから、角を消す程度のことなら、造作もない。認識疎外の魔法で、いかようにも出来る」


 そう言うと、グルグルは本当に角を見えなくしてしまった。

 銀色に光っていた毛並も、ただの白色に変っている。もうどこから見ても、ただの白い馬だ。


 気が進まないけど、〈サトミ〉のたっての願いだ。グルグルを厩舎に連れて帰った。

 グルグルは、「狭いな」と文句を垂れている。嫌なら、彼女に襲われて、また搾られろ。


 〈青雲〉と〈ベンバ〉や他の馬達は、グルグルを遠巻きに見ている。

 畏れがあるのだろう。落ち着かない様子だ。迷惑をかけてしまったな。


 〈サトミ〉は、大急ぎで〈アコ〉と〈クルス〉を厩舎に連れてきた。

 グルグルを二人に見せたいようだ。見ても、しょうがないのに。


 〈アコ〉と〈クルス〉は、グルグルを見て、目を見開いて驚いている。

 〈アコ〉と〈クルス〉が、近づいたら、認識疎外の魔法を解きやがったんだ。

 〈アコ〉と〈クルス〉に、身体を撫ぜられて「ケヒ」「ケヒ」と喜んでいる。

 何て嫌らしいヤツなんだろう。


 「〈タロ〉様、「「天跳駒」様にお会い出来て光栄です」と伝えて頂けませんか。お願いですわ」


 「〈タロ〉様、私もお願いします。感激しているのです」


 〈アコ〉と〈クルス〉は、僕に嫌なことを頼んでくる。

 グルグルに、伝言であっても、光栄なんて言いたくない。

 でも、二人の頼みを無下にも出来ないな。


 「はぁ、〈アコ〉と〈クルス〉が、出会えて光栄だと言っているよ」


 「ふふん、お前が俗物の割に、彼女は三人とも、まともで素直な子達だ。尊いという気持ちを真直ぐに表現出来ている。もったいないと言うしかないな。気持ちは良く分かったと、伝えてくれ」


 はぁー、もったいないとはどういう意味だ。相応しいの、間違いだろう。

 この偉そうなヤツの通訳は、本当に嫌になるよ。もうしたくない。


 「〈アコ〉と〈クルス〉の気持ちは伝わった、と言っているよ」


 グルグルは、二人に気持ちを伝えたかったのか、角をピカッと光らせやがった。

 螺旋状の角が、神々しく光を放つ様は、幻想的で華やかだ。

 性格と態度は別にして、美しい生き物だと思う。


 グルグルは、角を光らせるのと同時に、周囲へ小さなつむじ風も放ったようだ。

 コイツは、風魔法が使えるのか。それで、空を飛んでいるのだろう。


 つむじ風が、〈アコ〉と〈クルス〉のスカートを巻上げたから、白い下着が一瞬見えた。

 僕は当然ガン見だ。素晴らしい瞬発力だといえよう。


 〈アコ〉と〈クルス〉は普通なら、「キャー」と悲鳴をあげるはずだ。

 でも、スカートは慌てて押さえたけど、悲鳴は上げなかった。

 「すごい。これは魔法なのですね」と、賞賛の声を上げただけだ。

 風魔法なら、スカートを捲って良いのか。誰か、僕に風魔法を授けてください。


 ただ、〈アコ〉と〈クルス〉は、僕にも賞賛の目を向けてきた。


 「〈タロ〉様は、「天智猫」様といい、神獣様と特別な関係を築いておられます。それは、素晴らしいことですわ。さすがは、私の〈タロ〉様ですね」


 「前代未聞の快挙です。〈タロ〉様には驚嘆しかありません。私がこうして神獣様とお出会い出来たのも、〈タロ〉様のお陰です」


 二人に尊敬されるのは、大変気持ちが良いもんだ。もっと、褒め称えて欲しいぞ。

 グルグルも、少しは役に立つな。


 グルグルは、彼女が諦めてどこかに行くまで、しばらくここにいるらしい。

 厩舎では、殆ど眠って過ごしているみたいだ。

 活動を最小限にして、見つかるリスクを減らしているんだろう。臆病めが。


 〈サトミ〉達も、騒ぎにならないように、そっとしておくと言っていた。

 それはそうだ。こんなヤツに、係わらない方が良いに決まっている。

 まあ、ずっと眠っていて、何も問題を起こさないようにして欲しい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る