第323話 自己中

 「そんなことは、分かっている。間抜けが。こうもっと、生物学的な、ものってことだ」


 「はあー、人間に決まっているだろう」


 「うーん、それも分かっている。愚かなお前に聞いても、分かりそうにないな。しょうがない。後で、〈ジュジュシュ〉に聞いてみるか」


 「あのう、〈タロ〉様。「天跳駒」様の言葉が分かるのですか」


 「うん。分かるよ」


 「あはぁ、〈タロ〉様は、やっぱりすごいです。すごすぎます。全ての神獣様の言葉が分かるのですね。〈タロ〉様は、神様に選ばれた人なんですね」


 〈サトミ〉が、両手を胸の前で握って、キラキラした目で僕を見てくる。

 どうも、僕をすごく尊敬している感じだ。照れるな。


 「いやー。すごくはないし、神様に選ばれた、だなんて大げさだよ」


 「ううん。「天智猫」様も友達だし、「天跳駒」様とも友達なんて、絶対誰もいません。〈タロ〉様、すごいです。〈サトミ〉は今感動してます」


 「いやー。友達ではないんですけど」


 「〈タロ〉様、「天跳駒」様に聞いて欲しいの。土で汚れていますから、綺麗にさせてもらっても良いですかって」


 〈サトミ〉は、僕の言ったことを、ちゃんと聞いているのかな。

 全然知り合いじゃないんだけどな。どっちかと言うと、仲は良くない雰囲気なんだけどな。

 神獣に出会って、興奮しているようだ。神獣に触ってみたいんだろうな。


 「うーん、試しに聞いてみるよ」


 「朕の答えは、良し、だ。そこにいる未通の乙女なら、朕の身体に触っても良い。肉欲に溢れたお前は、気持ち悪いから、絶対触るなよ。絶対だ。それに、絶対に友達じゃないからな。少しでも、はき違えるなよ。考えただけで、ブルブル寒気がするわ」


 何がブルブルだ。このグルグルが。こっちから、願い下げだ。

 でも、〈サトミ〉に嘘を吐くわけにもいかないな。


 「〈サトミ〉、良いらしいよ。でも、変なヤツだから、最小限にしておいた方が良いと思うな」


 「〈タロ〉様、分かりました。軽くにしておきます」


 グルグルは、僕を横目で睨みながら、〈サトミ〉にブラシをかけて貰っている。

 〈サトミ〉が、〈青雲〉と〈ベンバ〉のために持ってきたブラシだ。

 〈青雲〉と〈ベンバ〉には、僕がブラシをかけてあげることにした。


 〈青雲〉と〈ベンバ〉は、複雑な表情で、〈サトミ〉とグルグルを見ているな。

 僕より〈サトミ〉に、ブラシをかけて欲しいのだろう。僕の方も複雑な気持ちだ。


 「「天跳駒」様、どうですか。痒いところはありませんか」


 「おぉ、未通の乙女、気持ちがいいぞ。腹の方がちと痒いので、そっちの方も頼むぞ」


 何が未通の乙女だ。いやらしい言い方だな。

 腹の方もしろって言うのは、セクハラなんじゃないのか。


 「〈タロ〉様、「天跳駒」様にどう言われたの」


 「いやー、〈サトミ〉。もう良いんじゃないのかな」


 「こら、下郎め。しっかりと通訳の務めを果たさんか」


 「〈タロ〉様、お願い。教えてください」


 グルグルの言うことを聞くのは、すごく腹立たしい。でも、〈サトミ〉の希望だからな。


 「うーん、しょうがないな。腹が痒いらしい」


 「〈タロ〉様、ありがとう」


 〈サトミ〉は、嬉しそうに、グルグルの腹の下に潜っていった。

 そこで、グルグルの腹にブラシをかけている。そんなところまで、しなくて良いのに。

 あっ、股間の方までかけてやっている。

 そんなことをしたら、グルグルのことだから、またあそこを起立させやがるぞ。


 〈サトミ〉が危ない。僕は慌てて〈サトミ〉を、グルグルの腹から、引っ張り出した。

 そして、強く胸に抱き寄せた。〈サトミ〉を危険に晒すわけにはいかない。


 「きゃっ、〈タロ〉様。急にどうしたんです」


 「〈サトミ〉、股間の方は、もう良いんじゃないかな」


 「あっ、〈タロ〉様、分かりました。〈タロ〉様は見たくないのですね」


 うーん、〈サトミ〉はあれを見たいのか。それとも、見ても平気っていうことか。

 〈サトミ〉は馬で慣れているから、確かに平気かも知れないな。


 ただ、「〈タロ〉様は見たくない」っていう言い方に引っかかってしまうな。

 どういう意味で言っているんだろう。


 「ふん、けち臭いことをするな。そんなに彼女を束縛していると、今に愛想をつかされるぞ。自己中心野郎め」


 きぃー、なんだと、早出しグルグルめが。偉そうな畜生に、言われたくないわ。


 「「天跳駒」様、ありがとうございます。お身体をお清めすることが出来ました」


 「うむ。未通の乙女よ。褒めてしんぜよう。これからも、その心を忘れるなよ」


 かぁー、腹立つな。なんちゅう上からだ。


 「〈タロ〉様、「天跳駒」様は何を言われたの。教えて」


 「はぁ、〈サトミ〉に、すごく感謝しているって言っているよ」


 「あはぁ、そうなんだ。嬉しいな」


 〈サトミ〉は、ピョンピョン跳んで喜んでいる。今日は乗馬服だから、太ももは見えない。

 寂しいな。


 「自己中心なお前、どこかに朕をかくまえ。朕を空から見えないところへ、案内しろ」


 お前の方が、十倍自己中だろう。中年猫の忠告はこういうことか。

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