第317話 壁だ。空き地だ。

 〈クルス〉が、〈サトミ〉の涙の跡を、ハンカチで拭いてあげている。

 〈サトミ〉は、くすぐったそうだ。


 「もう、〈サトミ〉は、泣いてないよ。笑っているもん」


 それから、僕は〈サトミ〉と手を繋いで、《ラング》の町まで歩くことにした。

 〈サトミ〉は僕の許嫁だから、天下晴れての公認なんだ。


 《ラング》の町に近づくと、大きな壁が見えてきた。あー、何だ、この壁は。


 「壁だ」


 「〈タロ〉様、壁がありますわ」


 「このような壁は、以前ありませんでした」


 「へへっ、この壁は頑張って造ったんだよ」


 〈アコ〉と〈クルス〉も、目を丸くして驚いている。

 〈サトミ〉は、なぜか自慢そうに胸を張っていた。

 〈サトミ〉が、煉瓦を積んだわけじゃないだろう。


 そうだ。執務の記憶をたどると、城壁建設の決裁をした覚えがあるような。

 あれが、この壁なのか。すごい物を造ったな。

 《ラング》の町は、田舎の町だけど、城壁は、どこにも負けていないんじゃないか。


 門番の兵士が、晴やかな顔で「ご領主様、許嫁様方、帰りなさいませ」と言ってくれる。

 何となく、自信に溢れている感じがするな。この立派な城壁が、心強いんだろう。


 門を潜ると、大きな道の両側に、空き地が広がっている。とても大きな空き地だ。

 道の片側だけで、以前の町くらいの大きさがあると思う。

 まだ、ポツンポツンと数棟の建物が、建っているだけだ。建設中のものも数棟ある。


 ものすごく大きな空間だ。果たしてこれが、埋まっていくのか不安になるな。

 大部分が空き地のままでは、城壁を建設した意味がない。全くのお金の無駄使いだよ。


 「大きな空き地ですね。いくらでも、家が建ちそうですわ」


 〈アコ〉は、溜息をつきそうな感じで呟いた。


 「怖いほどの大きさですね。大きな町に、なるかも知れませんね」


 〈クルス〉は、もっと懐疑的だ。僕もそう思う。はぁー、大きすぎたか。


 「そうでしょう。吃驚したでしょう」


 〈サトミ〉は、気持ちが前向きだな。救われるよ。


 少し道を進むと、以前の城壁が見えてきた。門の扉は取り払って、大きく開いている。

 その両側には、残した壁を利用した集合住宅が見えてきた。

 三階建てのマンションみたいなものが、道の左右に二棟だ。


 ベランダ部分に、洗濯物を干してあるのが見える。結構な数の部屋が、もう埋まっているぞ。

 確かここは、兵舎にしたんだ。兵士の数も増えているからな。


 旧の町に入ると、一転、密集した街並みなった。分かってはいるが、落差が激しい。

 ごちゃごちゃした町を領民が、せわしそうに行きかっている。

 早く、空き地を埋めて欲しいな。あっちは、悠々と歩けるぞ。


 領民は僕達を見ると、その場で止まって、お辞儀をしてくれる。僕達も会釈を返す。

 皆、明るい顔をしている気がする。僕の気持ちも、段々明るくなっていく。


 館に着いて、部屋でくつろいでいると、呼び出しがあった。

 館のホールで、帰郷のお祝い宴をしてくれるようだ。

 皆が、僕達が無事帰ってきたことを、祝ってくれるらしい。

 帰って来ただけで、少し大げさだと思う。

 照れ臭い気がするけど、心の奥が何だか温かくなってきた。


 お互いに、近況を話し合ったり、町の開発の様子を尋ねたりして、話は尽きない。

 でも、疲れているだろうと、宴は短めに終わった。

 僕が、お酒をチョッピリ飲んだので、眠そうな顔をしていたんだと思う。


 朝になったら、結婚するっていう報告があった。


 メイド頭の〈ドリー〉と、煉瓦職人の〈カリタ〉の二人と、〈ハヅ〉と、メイドの〈プテーサ〉との二組だ。


 「〈ドリー〉、〈カリタ〉、結婚おめでとう。心配していたけど、良かったな」


 「ほほっ、ありがとうございます。〈タロ〉様と許嫁のお嬢様方には、大変ご迷惑をお掛けしました。やっと結婚出来ることになりました。心より感謝しております」


 〈ドリー〉は、口元を隠していたけど、隠しきれない笑いが漏れていた。

 結婚が決まって、本当に良かったよ。

 決まらなかったら、僕が許嫁に責められたのが、全くの徒労だ。

 許嫁達を泣かせた行動が、無になってしまう。


 「ご領主、その節はお骨を折って頂き、ありがとうございました。何とか夫婦になれそうです。この御恩は生涯忘れません」


 〈カリタ〉も、ほっとしているようだ。一世一代の告白が、終わったからな。

 でもまだ、「なれそう」って言ってやがる。

 どうしてコイツは、そこは「なれる」断定しないんだ。本当に気が弱いな。


 それと何だか、疲れている顔をしているぞ。

 これはあれだな。〈ドリー〉の婚前交渉の要求が、すごく激しいんだろう。


 「〈カリタ〉、妹の〈カリナ〉が、式に参列出来ないけど良いのか。唯一の肉親じゃないのか」


 「それは良いのです。手紙で知らせたら、ご領主様がお帰りになられたら、その日のうちに式を挙げなさいと、言われています」


 「えっ、その日なのか」


 「そうなのです。でも、その日は無理ですよね。ははぁ。ですので、お疲れでしょうけど、二日後によろしくお願いします」


 「あぁ、分かったよ」

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