第315話 将来が不安

 午後からの、リュート演奏でも、二人は笑っている。


 僕が歌うと、涙を流して笑っている。失礼過ぎるほど笑っている。

 笑える歌じゃないのにな。悲しい歌なのに。僕が、悲しい。


 〈アコ〉と〈クルス〉も、はにかみながらも、何曲か歌った。

 恋愛が主題の歌が、多かったと思う。僕が歌を褒めないと、むくれて拍手を強要する。

 僕の歌は笑うくせに、どういうことなんだろう。舐められているんじゃないのか。


 将来が不安になる。


 シャワー室でも、二人は笑っている。僕の身体を、見て触って、なぜだが笑っているみたいだ。

 僕の身体には、面白要素はないはずなのに。


 一つあるとすれば、それは僕のあそこだ。ちっちゃい男なんだ。

 酷いぞ。僕のあそこを、笑っているのか。なんて無慈悲な、ヤツらなんだ。

 そこは、「ひっ、大きい。むり」と、嘘でも言って欲しかった。


 将来が不安になる。


 夕食後も同じだ。二人が、あざや内出血に薬を塗ってくれる。


 「薬を塗るぐらいなら、あざとか作らなければ良いのに」と聞いたら。


 「あざとかがなければ、薬が塗れないでしょう」と訳の分からない返事が返ってきた。

 意味が分からん。


 将来が不安になる。


 ただし、前日と異なっているところもある。二人同時には来なくなった。一人ずつしか来ない。


 だから、二人一緒の時と塗り方が違う。密着しながら両手を使い、僕の脇腹に薬を塗ってくれる。

 僕を抱えるようにして、塗ってくれる。


 自然と僕も抱えてしまう。だって、良い匂いがして体温を感じるんだよ。

 抱きしめると「あっ」と小さな声を出して、目を見詰めてくるんだ。決して睨んではいない。

 そうすると、キスをすることになる。「うんん」っていう声を出して、満足そうに微笑むんだ。


 将来の不安が、消えそうになる瞬間だ。


 女性を海に、なぞらえることがある。女性は厳しく、そして、大らかなんだと思う。

 勝手な押し付け、かとも思う。

 ただ、〈アコ〉と〈クルス〉に、その一面はあるんじゃないのかな。

 二人を抱いていると、僕の脇腹に施された、青いボディペイントが海の色に滲んでいくようだ。



 こんな風な感じで数日過ごして、「深遠の面影号」は待っている人の元へ帰りついた。


 〈アコ〉と〈クルス〉が、大きなボストンバッグを抱えて、僕の横に立っている。

 もう、入り江が見えてきた。《ラング領》に帰ってきたぞ。


 船長も、情けない顔でボーっと立っている。コイツは何をしているんだ。


 「若領主よぉ。俺は、これから、どうしたら良いんだぁ」


 知るか。ここから、今直ぐ海へ飛び降りろよ。


 「そうだな。日々の仕事を、真面目にやるしかないんじゃないの」


 「そりゃ、そうなんだがょ。なんて言うのかなぁ。こうもちっと、人生に張りってもんがょ。欲しいんだぁ」


 「張りか。はりなら、蜂に刺されてみろよ。痛ってなって、ピシッとするぞ」


 「はぁ、酷いことを言うなぁ。もちっと、ちゃんと考えてくれょ」


 マジで、蜂に刺されてしまえ。黒目を刺さされれば良いんだ。

 何回も刺されて、アナフィラキシーショックになってしまえ。


 「人生は、自分で切り開けよ。良い年なんだから」


 「そんなことは、分かっているさ。でも、心が虚ろなのさ」


 「さ」「さ」言うなよ。気持ち悪い。汚い中年が、使って良い語尾じゃない。

 全身が、チキン肌になったじゃないか。やっぱり、飛び込めよ。


 「虚ろ」


 「そうなのさ」


 ギャー、虫唾が走る。ムカデが、全身を這いまわっているぞ。生理的に無理だ。

 もう、コイツとは話したくない。


 「もう止めてくれ。分かったから、何か考えておくよ」


 「頼むさ。よろしくさ」


 使い慣れていないから、最後は方言のようになっているぞ。

 その地方の人に、生涯かけて謝っておけよ。

 地方か。


 「そうだ。船長、思いついたぞ」


 「おぉ、えらく早いな。なんかあったかぁ」


 「もう少ししたら、《インラ国》へ行きたいんだ。《インラ国》までの海図を、作って欲しいんだよ」


 「ほぉ、《インラ国》ね。へへっ、分かったぞ、若領主。噂の《インラ国》の性奴隷だな。もらい受けに行くのかょ。ヒヒヒッ、任されたぞ。乳はちいせぇけど、べっぴんらしいなぁ。俺はよう、大っきいのが好みだけど、たまには、ちっこいのも良いかなぁ」


 船長は、今までとうって変わって、顔に笑みを貼りつけている。

 ものすごく、やる気を出しているようだ。


 ただ、笑みは下品この上なく、唇がいやらしく、ひん曲がっている。

 ぎょろぎょろと動く目は、何かを見つけようとしていて、相当気持ちが悪い。

 まるで、ムカデを口に入れたカメレオンのようだ。

 足が沢山、口からはみ出て蠢いているのが幻視出来る。ひぇー。


 それに、コイツどんな噂を聞いたんだ。無茶苦茶じゃないか。

 それとも、自分の都合の良いように、勝手に改ざんしたのか。

 何が、「ちっこいのも良いかなぁ」だ。選べるような顔を、してないだろう。


 ムカデを、むしゃむしゃしているカメレオンのくせに。

 ストロベリーブロンドに、ビンタされろ。

 《インラ国》の海の中へ、今直ぐ沈んでいけ。

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