第312話 恐怖の波動

 むむっ、上手い。認めたくないが、めっちゃ上手じゃないか。

 二人ともリズムに乗っているし、音程も外していない。


 それに、声が煌めいている感じがする。艶っぽさはないし、合唱でもない。

 要は、少しアイドルっぽいんだ。これは、歌に合わせて、二人が踊ったこともそう思う要因だ。


 なるほどこの歌は、踊るための歌だったんだな。擬音がやたら多いものな。

 〈サトミ〉は回っているだけだったけど、振り付けがあるんだ。

 手の動きは、歌詞を表現しているらしい。

 「クルッ」は素早く、「クルン」は少し遅く、「クルーン」で大きく回るんだな。

 もう少し、丈が短いと見えそうなんだけど、誠に無念だ。


 悔しいけど、良い物を見せて貰った。

 〈アコ〉と〈クルス〉が、少女の様な可愛い声と、可愛い動きを見せてくれた。

 踊りってすごいな。普通に可愛い声を出してと言っても、絶対出してくれないと思う。

 二人のパフォーマンスに、兜を脱いで、ここは素直に賞賛しておこう。


 「【拍手】。二人とも歌が上手いな。踊りも上手だったよ」


 「ふふふ、〈タロ〉様、そんなに上手でしたか。そう褒められると照れてしまいますわ」


 「うふふ、ありがとうございます。褒めて頂いて嬉しいです」


 「聞くけど、これを健体術の授業で習ったの」


 「そうなのです。大変なんですわ」


 「もうこの授業は終わりましたが、今でも少し辛くなります」


 「ふーん、あの〈サヤ〉が、こんな可愛らしい歌と踊りをするとは、考えられないんだけど」


 「藍色の女豹」だぞ。これは合わないわ。


 「〈サヤーテ〉先生は美人ですから、様になられていましたわ。でも、〈サヤーテ〉先生の怖いところは、テンポを際限なく早くされるのです」


 「そうなのです。段々早くされて、最後は高速で、回り続けないといけないのですよ。辛い授業でした」


 「それじゃ、目を回したりしないの」


 「しますよ。気分が悪くなる子も、大勢いましたわ。でも笑っておられました」


 「〈サヤーテ〉先生のあの綺麗な顔で、笑われると怖いですよ。とても手を抜いたり出来ません。いつも全力です」


 「〈サヤ〉の、評判はどうなんだ」


 「もう言いましたわ。〈タロ〉様には、これ以上言いません」


 「私も、もう終わりにします。もしものことを考えたら、充分今でもです」


 二人は、自分の肩を抱いて少し震えているようだ。〈サヤ〉はすごいな。

 海の上まで、恐怖の波動を送れるんだ。「藍色の女豹」は、近接戦だけじゃないんだな。


 でも、この歌と踊りは良いな。また踊ってもらおう。

 二人切りの時に、もっと短いスカートで踊って貰おう。速く回るから、結構見えそうだ。

 ただ、新婚の時でないといけないな。三十近くでは、きついだろう。

 あざとく可愛いらしく、しなくてはならないからな。


 「〈タロ〉様、今日は当てますわよ」


 「今日こそ、当てて見せます」


 「ちょこざいな。かかってまいれ」


 「ふん、何ですか。それは」


 「くっ、舐め過ぎですわ」


 二人は、少しムッとして、勢いよく木の短刀を突いてきた。でも僕には、まだまだ余裕がある。

 慣れてきたので、短刀を木刀で弾くことも出来るようになった。

 二人の手に、木刀を当ててしまうミスをする恐れはなくなった。

 確実に、短刀を弾く技量がついてきたんだ。


 「カン」「カン」と短刀を木刀が弾く乾いた音が、船上に響き続ける。


 「ふー、〈タロ〉様。良くそんなに動けますね。疲れてきましたわ」


 「はぁ、全然当たりません。〈タロ〉様、動かないでください」


 〈アコ〉は、目に見えて疲れている。短刀を突く動きが、もう投げやりになっている。

 〈クルス〉は、突きたいという意欲はあるようだが、身体がついて行かないみたいだ。

 足元が、ふらついている。


 「少し、休憩しようか」


 僕達は、お茶で飲んで水分を補給することにした。夏じゃないけど、熱中症は要注意だ。

 二人は甲板に座り込んで、タオルで顔の汗を拭きとっている。

 身体を拭くためだろう、胸元も大きく開けている。大胆だな。横目で見てしまうぞ。

 拭きながら話し込んでいるのは、連携した動きの相談でもしているんだろう。


 「よし始めようか」


 「はい。今からは本気ですわ」


 「〈タロ〉様、痛くても泣かないでくださいね」


 「おぉ、言うね。お手並みを拝見させて貰うよ」


 「ふふふ。運動したので、暑くなってきましたわ」


 「うふふ。汗をかいたので、風が欲しいですね」


 〈アコ〉は、笑いながら少し開けていた胸元を、もっと広げてきた。

 かなり上乳が見えている。おぉっと、目が釘付けになるぞ。


 〈クルス〉は、スカートの裾を掴んで、パタパタと扇ぎ出した。

 白い太ももが、チラチラと見え隠れしている。わーぁ、目で追ってしまうぞ。


 「えぃ」


 「やぁ」


 「ギャー、痛い」


 僕の脇腹に痛みが走った。両脇腹ともにだ。


 「ふっふっふっ。〈タロ〉様、大丈夫ですか。本気を出して、しまいましたわ。ごめんなさいね」


 「うっふっふっ。痛くして、ごめんなさい。泣かないでくださいね」


 二人とも、痛がっている僕を笑って見ている。それも、会心の笑みだ。

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